小ネタ書き散らし用。


by SSS-in-Black

【100-38】天空

少女は、目を覚ました。
薄ぼんやりした意識の中で、ここはどこだろう、と近くを見遣る。
天井の木目はかなり古いものらしく所々に傷があり、また寝台自体もあまり高価なものではなさそうだった。

「…ああ、目が覚めたんだ」

首を左側に動かせば、そこにはふんわりと笑う青年がいた。
この人は誰だろう、と記憶をまさぐった矢先に、彼女は現実を把握する。

「! あ、ああ、あ…!」

空気が入り込む。
次々に入り込むそれをどうしたらいいのか、少女にはわからなかった。
そして同時に、彼女の脳裏には矢継ぎ早に小さな光景が照らし出される。

突然の怒声。
蹴破られたドア。
玄関先の花瓶が床で割れる音。
使用人達の悲鳴。
形相を変えて部屋に飛び込んできた母。
少女を抱きかかえる白い腕。
忍び寄る武器を片手にした男達。
背後から袈裟がけにされた兄。
離れていった繋いだ手。
母の体を駆け抜けた衝撃。
もつれる足で滑り降りた階段。
古びた倉庫の奥の暖炉。
外へと延びていた抜け穴。
――真っ赤な、色。

狂いそうになる、その一歩手前。
吸い込みすぎた息が、景色を歪ませる。
それに対し、青年は即座に予め用意しておいた紙袋を口に当てさせた。

「落ち着いて、落ち着いて…」

奪われた呼吸手段と、青年の宥める声に呼応して。
最初は錯乱していたであろう様子が、徐々に落ち着きを取り戻してゆく。

「…ぁ、は…っ、ああ…」
「…」

生理的な涙と、感傷的な涙が流れる。
そこにいたのは、まだ世界を知らない少女。
――彼女にあまりに酷な運命を与えた、世界を憎む術すら知らないような子供。

「…辛かったら、まだ寝ててください。それとも、何か食べますか?」
「…」
「…大丈夫。君は、私が守るから」

――少女は小さな声で、ホットミルクが飲みたいです、と呟いた。
そしてその、まだ涙を溜めた瞳で、窓の向こうの空を眺めていた。





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今日はここまで。
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by SSS-in-Black | 2009-02-28 22:33 | 【etc.】