小ネタ書き散らし用。


by SSS-in-Black

【狂気幻想世界 vol.1】クルウとルウ

夜の帳を切り裂く悲鳴――。


真夜中の裏路地に、悲しく響く声があった。
どうもその声の主は学生らしい。恐らく予備校帰りに厄介事に巻き込まれたのであろう。
「工事中」の看板が礼儀正しくぺこりと礼をしている目の前で、彼女は絶体絶命の危機を迎えていた。
目の虚ろな、狂ったように笑い続ける一人の男性が、彼女を袋小路へと追いつめる。
もっと正確に言えば、酔っぱらいが女学生に絡もうとしているというありがちな場面である。
しかしそうは言えども、無理矢理に迫り来る異性というものは恐ろしいのだ。
彼女はただ家へ帰ろうとしていたのに、まさかこんなことになろうとは。
故に叫んだわけなのだが、その声を拾う者は誰もいなかった。
じりじりと追いつめられた場所で、ただただ犠牲となり心にも体にも傷を負わねばならないのか。
それは嫌だ。でも自分には何ができる?


と――彼女は他愛もない噂話を思い出す。




「知ってる、『くるくる様』の話」
「…『くるくる様』ぁ?」

女子高生の、よくある昼休み。
小さなお弁当を食べてから、特に標的も核心もない噂話や小さな出来事でお喋りをする。
その中で突然現れた、ある意味脈絡のない話。
なんて馬鹿々々しい名前なんだ、と思うものの、好奇心はそちらへと向かう。

「うん。別の学校の友達が聞いたらしいんだけど、要は困ったときに助けてくれるヒーローみたいなものらしーよ」
「困ったとき?」
「んとね、例えば酔っぱらいに絡まれた! とか、怖いお兄さんに目を付けられた! とか」
「…つまり迫り来る財布の危機は助けてくれないのね」
「そゆこと。つかあんたまた浪費したの?」
「だってだってー」

そしてこういった会話には常の、次から次へと変わる主題。
よく「あれ、何の話してたんだっけ?」と原点回帰に時間がかかる、そういう学生特有の話し方。
この「くるくる様」の話も、いわゆるよくある「都市伝説」の一つとして、あまたの学生や、下手をすれば大人の間にだって流布しているのかもしれない。
――それをくだらないと一蹴するか、否かはまた別の次元であるが。




彼女は必死に、普段の生活では滅多に使わないほどの速度で灰色の脳細胞を回転させる。




「――ああ、それ『だごん様』の話じゃない?」
「『だごん様』? 『くるくる様』じゃないの?」
「まあ名前が変わるなんてよくあるけどね。話の中身は笑っちゃうくらいそのまんま」
「ふうん…」
「あ、でも『だごん様』の話には、その呼び出し方? みたいのがあったなあ」
「え、助けてー! とかじゃなくって?」
「うん…何だっけなあ。『だごん様だごん様、旧き神をお導きください』だったかな…」
「なんかおカタいね」
「まあ助けてー! よりは信憑性はあるよ」
「確かに」




そうだ、そんな呪文があったような。
窮鼠は唐突に、ダメ元でそれを唱えることにした。
この歳になって呪文やら正義の味方やらを信じるか? と突っ込みを入れられ鼻で笑われそうではあるが、いざという時の頭なんてこんなモノである。
物質としての藁より脆い言葉を、伝説を噂を掴む現代社会人の細い指。
彼女は精一杯の声、とはいえども掠れて殆ど消えた声で呪文を叫ぶ。


「だごん様だごん様旧き神をお導きください、だごん様だごん様旧き神をお導きください、だごん様だごん様…」


最初の気づきから呪文を唱えるに至るまで、凡そ五秒。
追いつめられると人間、何をしでかすかわからないものである。
相手は正直、何処にでもいるただの酔っぱらいだ。
それに対して何故こんなにも大それた行動を取ったのかはよくわからない。
唯、彼女の中にあった思考回路の繋がりがそれを選ばせただけだという、偶然の産物。


「だごん様だごん様…」


七回目の詠唱。
目の前の「敵」はまだそこにいる。
じりじりと近づいてきて、彼女との距離はもう無いに均しい。辛うじて細身の人間が一人入れるくらいであろうか。
一方で彼女の背後の空間もほぼ皆無に等しくなっていた。やはりあと人が一人滑り込めるくらいの場所しか、彼女と礼儀正しい看板との間には存在しない。
他に方法は、変な話いくらでもあった。
よくある話だが一発殴るなり蹴るなり、とにかく相手の注意を逸らせばいくらでも突破口はつくれたのだ。何せ相手はただの酔っぱらいである。
それなのにどうしてこんなにも非現実的な手段に走って抜けられなくなってしまったのか。


「だごん様…」


そして、八回目に突入した時。
アルコール臭く、また少し腐ったような、烏に荒らされた生ゴミ置き場を彷彿とさせる臭さの息が彼女に吹きかかった時。
ぎゅっと瞑った目の上から何かの温かさを感じた時。


「こんばんはー」


暢気な声がひとつ、いきなり降ってきた。
背後だ、と思ったが彼女は事情がよくわからなかった。
目を開けても暗い。どうも背後にいきなり現れた何者かが手で目隠しをしているらしい。
さて、その何者かなのだが。
声を手がかりにするなら、彼女よりもはるかに幼い印象を抱く。声変わりを迎えたか、迎えたとしてもそんなに変わらなかったのか。
でも、少年の声であった。ならばグルか? …幸か不幸かそんな感じはしない。
かといって例の「くるくる様」なり「だごん様」なりなのかと言われればそれも怪しい。ネーミング的には正解のようだがそんなに強そうには思えない。
が、今は疑ってかかっている場合ではない。呼びだしてしまったものは呼びだしてしまったもので、とにかく行く末を見守らねばならない。
――この地点で、彼女の思考回路は相当な疲れを感じていた。が、それをそうだと思わせないのも緊急事態というものであろうか。


「ボクを呼んだのはキミだよね? なら良かった。じゃあ今からちょっとぷちってしちゃうからこのまま我慢しててね。ほら、いわゆる『ショッキングな映像が含まれますので』ってやつだからさ。ちょっと我慢しててね、すぐ終わらせるから」


了承も了解も得ないままに話を展開させる。
ボク、というあたりやはり少年なのであろうか。それだけで決めつけるなんて失礼だろうか。
ああもう何て関係のないことを考えているんだ、そうだきっと疲れているんだ。


「そうだねえ、グールかあ…あんまりお腹の足しにはならなそうだけどなあ…いいかな、ルウ?」


彼女の心配などまったく気にせず進んでゆく事態。
まだ目の前には酔っぱらいがいるのであろう。あの独特の吐息がまだ漏れてくる。
それにしても只の酔っぱらいのくせに、この吐き気をもよおしそうな息は何なのだろう。そう考えると口元まで何かがせり上がってきた。吐きそう、吐く、でもあと一歩が踏み込めない。
更に何だか海辺の潮騒の香りまでが漂ってきた。それはいいのだ。問題はその裏で少しずつ空間を満たしつつある市場の臭いだ。魚介類を卸す市場特有の臭い。あの魚臭さ。生臭いのとはまた何か違う、魚屋の前を通ったときにああ魚屋だなと感じる臭い。
あれを濃縮させて酒気を帯びさせたらきっとこんな臭いだ。しかしなんでこんな臭いがするのだ。近くに酒場も魚屋も市場も海もないはずなのに。


「…そう? じゃあぷちっとやっちゃおうよ、ねえ、ボクも楽しみなんだから」


誰と話しているのだろう、この少年は。
気づいたら気づいたでまた吐き気が自己主張をしてくる。でも一体何を吐けというのだろう。お腹は今ペコペコだというのに。
よくわからない朦朧とした頭の中で、きっと今なら魚が口の中から溢れ出てきそうだなと思った。思っただけで現実になりそうな気がした。気がしただけで大変有り難かったのだが。どんな妄想なのだこれは。
そういえば先ほどから妄想? 想像? とにかくそのあたりが激しくなってきたような気分がする。目の前が閉ざされているからだろうか。真っ暗な視界の中で先ほどから渚が私を誘うように揺れている。どうしようもないくらいに蒼い渚と蒼い海だ。
その海から何か、半魚人と言って正しいのかわからないが、鰓のあって目のぎょろりとした人々が這い出してくる。砂浜に散らばる足跡。ぺたぺたぺた、と厭らしい音。
白い波が砕けてまるで蛸の足のように身をくねらせる。強くなる海の香り。
そうだ、人類は海から生じたのだ。人類に限らず、全ての生き物は海から生じたのだ。きっかけは判らない。けれども海というのは全ての存在の母なのだ。その海の底に何かがいるとしたら、あるとしたら、人類は全て懐古の、望郷の念を抱くのであろう。
深海よりももっと深くにある深層意識の何処かに、人々は必ず海への憧れを抱いている。帰ろう、還ろうとして人々は時折海に身を投げたりするのだろうか。きっとそうだ。あれ私は何を考えているのだ?


「おいで、ルウ」


瞬間、視界が晴れた。銀色に世界が染まった。
どこまでが真実なのか幻想なのかわからない。けれど視界が一瞬にして、一瞬だけ変わったのだ。




最初は銀色の塊、まるで門のような荘厳な姿。
威圧されそうな私はその前に立って、右手に鍵にしては大きな、しかしその門にはぴったりの鍵を持っていた。
にこにこと微笑む少年にそれを手渡す。少年はぼろぼろの外套を纏い、魚の顔の骨のような仮面を被っていたが、それでも微笑んでいると思ったのだ。
さて少年は銀色の鍵を門にさした。鍵穴は握り拳が入りそうなほどの大きさだった。
がちゃりと錠が外れる。鍵が抜ける。鍵穴の深淵が私を覗き込む。


目があった。
在ったのは、ぎょろりとした魚の目。
合ったのは、恐怖と畏怖とが混ざり合った感情。


それが瞬きをする前に、扉がぎぎぎ、と軋んで開かれる。
何処にそんな力があるのだと言いたいほどに細い手が、気色悪い意匠の施された観音開きの取っ手を握っている。
悪魔と言うには違う、あらゆる海の魔物の姿が彫られている、錆びた銀色の門。
ソウダソノ門ノ向コウニハ彼ガ眠ル水銀色ノ海ガ広ガッテイルノダ――。




一瞬だった。
ふと霧が晴れたような、光が差したようなやわらかさが私を包み込んだ。
頬に冷たいものが流れていた。それが涙だと気づいたのはたっぷり一分の後であった。
気づけば目の前は、あの路地裏。
酔っぱらいは居なかった。ただ一本、哀しげな哀愁を背負ったネクタイの切れ端が落ちていた。


「ねえ、甘いもの持ってないかな?」


少年の声ががんがんと響く。
よくわからないままに、ブレザーの胸ポケットから飴を取り出す。
振り返れば良かったのだ。だが出来なかった。取り出した飴をひょい、と取り上げられる。
ビニールを破る音。ちゅっ、とどうやら口に含んだ音。
どこまでが現実なのだろうか。これは幻想ではないのか。むしろ最初から全て、そう私の存在さえも、この世界でさえも幻想ではないのか。
なんて私達はちっぽけなのだろうか――無力で救いようのない、がらくたのような存在なのであろうか。


「ん、いちごだ。…ありがとね、えっと…」


その時、自分の名前を告げたか、告げなかったか。
それすら覚えていない。
それほど私は、その時目にした「モノ」に衝撃を受けていた。
声を殺して、泣き叫んでいた。








ナンテ、儚イ、脆イ世界ニ、私達ハ、安穏ト立ッテイラレルノダロウ…――。




















「…どうしたの、いきなり泣き出しちゃって」
「…」


翌日。
そこにあったのは、腫れた目と苺味の飴のカラ。
気づいたら学校にいて、席に座って、授業を受けて。
休み時間にいつものようにくだらない話をする気にもなれず、窓から外を見ていたとき。


「何か、悲しいことでもあったの?」


そう言って話しかけた声は、どこか懐かしさを感じる少年のもの。
声変わりを失敗したかのような、明るい高い澄んだトーン。
何となく顔を上げれば、そこには見知らぬ顔をした少年が。
名札には、「鳥山来雨」の文字が踊っていた。


「…ああ、ごめん。最近あんまり学校に来てなくってね、知らないかも。…もしかしたら、知ってかもだけどね」


ね、と笑う。
その微笑みにも、既視感。


「そうそう…あの飴、美味しかったな。どこで売ってるか、よかったらおしえてよ。ね?」


古閑さん、と、最後に名前を付け足されて。
とすり、と、目の前に一本の鍵が落とされた。
銀色の美しい、しかし異様な紋様が施された鍵が。


「…ようこそ、銀の世界へ。…」


そうして。












…長かった。
最初は「勧善懲悪シーフード系」を目指していたのですが…狂気にぶっとびましたね。仕方ない元ネタが元ネタだから。

えっと、初めてまともに書いたかも知れないクトゥルフネタです。
続いたらすまない。多分設定だけ引っ張って続けることはあり得そうだが…。

ちょっと修行してきます。さらば!
[PR]
by SSS-in-Black | 2009-03-04 18:32 | 【etc.】