【H.S.S.-Three】ジンモン、或いは奈落への招待状。
2008年 04月 06日
「失礼します、怪我人がやってきました」
そりゃそうだ、だってここは天下の保健室なのだもの。
不謹慎な指摘は胸の内にしまっておくとして、しかし後続隊が恐ろしく多いことに柳が気づいたのは、もう少し後のこと。
「大丈夫冴木君、ねえ平気っ!?」
「ああ…平気、へいきだよ…?」
先頭は、右眉の上辺りを押さえ、その流血によりワイシャツが大惨事になっている男子。
彼の左腕に縋り付く、怪我人よりも動転しているのは、目鼻立ちのくっきりとした女子。
「冴木青吾に御堂しいな…怪我人はその酷い方だけよね? あと、そこのかすり傷だらけの新入生と」
まず椅子に招いたのは血みどろの方。
お客が多すぎても困りもの、未都はため息という名の悲鳴を上げた。
その後ろにいたかすり傷だらけの新入生、雛菊は雛菊で、ごっめーん、という仕草を柳と大地に向かって。
「あーもうなんで新学期から千客万来? しかも式の最中に貧血とかいう使い古されたネタじゃなくって?」
がたがたと包帯やガーゼ、脱脂綿を取り出す雑音。これでは内緒話など夢のまた夢。
いえいえそれほどでも、とジェスチャーで返信。
そんなこんなをしているうち、真面目眼鏡と豊かな胸元とのミスマッチで、愛嬌あふれる風貌の少女がちょっとした勢いで腰を曲げた。
「うちの妹がご迷惑を…っ!」
「いや、そんなことないですって! むしろ助かりました!」
「いえいえ…あ、私、蘭っていいます、綿池蘭。雛菊がいつもお世話になって…」
「あー…いつもってねお姉ちゃん、あたしさっき初めて喋ったんだけど、あの二人と」
そういや姉がいるって言ってたっけ、なんて思い出すのは大地の役目。
次いで寮長一ノ瀬灸、実行委員長斉多縁、彼女らの下僕美並一希。
灸はどうやら、この行列に途中合流したらしい。本来ならば例の会議に出ているはずが、挨拶をはじめとした入学式だなんだのごたごたに巻き込まれていたのだ。
そして最後に現れたのは、思わず間抜けな声を出して迎えた物体…否、人物。
最初は、ツヤ消しをした黒いゴミ袋かと考えた。が、それはあまりにもあまりな考えで。
常識を逸脱した背格好というのは、ここまでも思考回路を狂わせるものなのか。
「残念ながら、それは『森の主ジェヴォーダン』じゃありませんね」
あまり背の高くない柳でさえ、頭一つ分の大差をつけるような背丈。
ひょこひょこひょこ、と歩む度、周囲に異世界が広がってゆく。
その人物の形容には、あまり出来のよくない彼でも思いつけるぴったりな言葉があった。
「ま、まほうつかい…?」
「声に出すなよ…」
魔導士と言えるほど、残念ながら格好よくはない。それなら魔法使いの方が丁度良い。
それでもまだ足りなくて、最後の手段である平仮名表記に頼ってしまう。
まるで幼児向けの絵本に出てきそうな、床にまで引きずる黒いローブ。被ったフードからは真ん丸な眼鏡が、口元は小さくにこにこと。
身体の大部分を覆い隠しているため、体格や動きはわからない。その中で足を動かしているか、不安になるするするとした歩み。
「阿倍野先生まで…まったく、人口密度ひどいわよ、今のここ」
「押さえて押さえて、ね、桃井せんせ」
撫子さん、ナイス。臨界点絶好調突破中の桃井さんである。
それにも関わらず話を進める阿倍野、イコールマントのまほうつかい。
「今、御仕さんから連絡がありましてね。校則違反だからしっかり祟っといてくれとのことです」
「…へ? 校則違はぐぎゃ」
先ほどから黙って治療を受けている雛菊が唐突に口を挟み、中断された理由はやはり荒療治。
隣では冴木が、あっと言う間に頭部に包帯を巻かれ終えていた。出血はまだ収まらないようだが、微々たるものであろう。
そうなるとむしろ、血の抜けてきたショックに気づかされることになり、ちゃっかりベッドに倒れ込んでいる。
枕は勿論、しいなの膝枕。
「…空気読めよ」
けっ、と言い捨てた灸に、まあまあとフォローを入れる蘭。確かに空気読めではあるが、正直な所、どっちもどっちであろう。
入学初日から校則違反など、あってはならないことである。
「ええ、校則違反。ちゃんと見られてましたよ、」
入学式とその後の行程が終わり、解放された新入生。
そのうち一人が恐らく好奇心により森に侵入、もう一人が止めようと追いかける。
そこで『森の主』と遭遇してしまい、たまたま近くの校舎にいた雛菊が騒ぎを聞きつけ介入。
こなれた身のこなしで二人を救出したはいいものの、どこへ行くべきかわからない。
そこで思わず、目についた生徒会室にターザンロープの要領で飛び込んだわけだ。
…着地というか、内部の安全確保には失敗し、一名の怪我人を出したが。
そんな一部始終を語ってみせて、それにしても、と付け足すマント。
「さっきの入学式でありませんでした? 寮長諸注意かなんかで」
「げ」
あからさまに凍り付いた人物が一人。
ひょこりと振り返られた身体は、もう動かない。
「寮長…七不思議の話しか覚えてねーな」
「そんな重要なこと、あったら洋輔がメモしてそうだしね」
話題にもしただろうし、あいつ話の種蒔くの得意な方だから。
痛烈な事実を暴露され、既に逃げ腰、されど動けず。
つきつけられたのはアイギスの盾、メデューサの目に睨まれる。
「ですよねえ…一ノ瀬寮長?」
ふふふふふふふ。
確かに魔法使いだ、纏うオーラが紫と黒に染まってゆく。
「まあ、このことは私の管轄ではないですから、後で担当にこってり絞られてくださいね」
最後にハートマークを散らしながら、またもや恐ろしいことを口走る。
きゅる、と方向転換した瞬間、光の加減か眼鏡がきらり。たちどころに、効果は倍増。
ここがもしゲームの世界であったなら、余裕の極みで最強アクセサリーの座に収まっていたことであろう。
「でも、失敗は誰にもありますがね、とりあえず原因と結果は控えておくに超したことはないんです。というわけで、君たちが遭遇したものと状況について聞いてもいいですか?」
突然話題が飛んできた。対象は言うまでもない。
一度否定はされた、それをまさか問われるとは。しかも、いくら小さいとはいえども教員相手に。彼は実に立派な大人である。
それが真顔で、夢物語に取り組んでいる様が、新入生達には幾らか異質で、それ以上におかしかった。ただおかしいだけではなく、惹かれてしまう。
大人はリアリストだと思いこんでいる節がどこかで見え隠れする年代には、あまりにこの流れは不自然すぎて、好奇心やその奥にある無謀な本能が刺激された。
――だから嘘はつかない、あらゆる意味で。
⇔
懐古趣味な電話の呼び鈴が、凛々と空気を震わせる。
ダイヤルで番号を指定し、黒く塗られているところまでは、いわゆる黒電話という品である。問題はそこからで、執拗なまでの装飾があちこちに散らされて…それも趣味が良ければ、全く構わないのだ。
「もしもし、御仕です」
最早調度品めいた電化製品の奇怪な点、その第一には、受話器に横たわる骸骨を挙げるべきであろう。
番号には各々花を模した意匠があり、ダイヤル部もまた大輪の花を象っている。
更にこの位置からは見えないが、彼女は知っていた。まだここに来てから二週間もしていないが、あまりの不可解さに暇さえあれば佇んでしまうのだ。
側面には無数の人影、服装は様々だが中性欧州の貴族や聖職者が多いように見える。彼らは手を繋ぎ、輪になり踊る、人間らしさの欠片もない表情と立体感で。
「そうですか、それならいいのですが…速急に再発防止策を取ってくださると嬉しい限りです」
中性暗黒世界において、完全無欠なる美しきものの代名詞は、神であった。
故に、だ。故に人間を、人間味溢れるものとして形づくるのは禁忌であった。生き生きとした姿は作ってはならない、神以外の高貴なる存在はいてはいけないのだから。
さてそれではどうなったかといえば、この様である。
いざとなったら小学生にでも描けそうな、デッサンやバランスを無視した崩壊の光景。
終わりの見えない洞窟の中、繰り広げられる剣戟の狂想曲。そこへ聞こえるのは真黒き影の合唱隊、逃れられない断末魔。
いつしか舞踏に加われば、泡沫の鏡に姿を映す。
「そう、死者が出てからでは遅いですから」
⇔
電話は続いている。
その背後で我先にと動き出したのは、今までずっと扉付近で佇んでいた少女。
体重を預けた壁からふわりと立ち上がり、途端に存在が明確になる。
雛菊でさえ、さっきまであそこに人なんていたかな? と記憶をまさぐってしまう程…彼女は、存在感がまるでなかった。
人一倍早く思春期の森を潜り抜けて、本当の意味で美しく、女性らしく整えられた顔立ち。
花を飾るなら勿論紅薔薇だ。だがそれでは何かが足りない、ふわりふわりと遊ぶ霞草のような浮遊感が。
美しいのだがこさっぱり、彼女は口火を華麗に切り出す。
「ところで桃ちゃん」
「桃ちゃん言わない」
「例の物は?」
ああ、まったくもって無視か。
しかしいちいちそのことを指摘するのも面倒で、未都はやれやれと『ブツ』を取り出した。
この部屋に放り込まれた柳と大地が、
『名前だけはわからないから書き込んで』
と言われて書き込んだ、覚え書き――の、一枚めくった下から。
そういえば濃く書けと言われたな、大地が思い出した頃には時既に遅し。
現れたるは薄い紙、ひらりと一枚、ちらりと二枚。
「確かに渡したわよ、部長」
「はーい。ありがとね、桃ちゃん!」
「だから桃井先生とお呼び!」
牙を剥く。
怖い怖いこれだからとたじろぐ勢いに、冗談半分だとはいえども、悠然と迎え討つよう姿勢を整える。
武術や拳法の類ではない、言いようのない様相に、目を見張る。
野生の勘が危険を告げる。警鐘が鳴る、ガンガンと響く。
どこにあの気迫を詰め込んでいたのかが理解できない、一般人には理解できない空気を飲み込む。
(あれ、お姉ちゃんの友達、だよね?)
超然的な態度の前に、差し出されたのは命のカルト。
最大最高最強の賭、そうとも知らずに悲劇は始まる。
「というわけで、君達は晴れてオカルト研究部の部員になりました」
それは文字通りトラジティか、あるいはそれをも凌駕するコメディか。
罪なき二人の少年の運命は、入部届けと言う名のチケットに、軽々と翻弄されてしまった。
さあ、奈落への舞台が、始まる。
⇔
□冴木青吾/サエキショウゴ [3A]
…二枚目クール美青年に見えるが、彼女の前ではただの駄目な人。
□御堂しいな/ミドウシイナ [3A]
…冴木の彼女さんであり甘えん坊、それを除けばなかなか良い娘。
□綿池蘭/ワタイケラン [3B]
…雛菊の姉だが主に体型のせいでそうは見えない、学園のミスドジっ娘。
□一ノ瀬灸/イチノセヤイト [3B]
…学園寮長、喧嘩大好きのオレ様人間ですが実は歴とした乙女です。
□阿倍野晴章/アベノハルアキ [世界史]
…奇怪系小動物的教員、言動を見る限りオカルトに詳しいようで…?
□????/?????? [3?]
⇔
前開き過ぎ、もう一話投下予定。
[BGM:A Night Come's! /URAN→NightmeRe/SNoW]
そりゃそうだ、だってここは天下の保健室なのだもの。
不謹慎な指摘は胸の内にしまっておくとして、しかし後続隊が恐ろしく多いことに柳が気づいたのは、もう少し後のこと。
「大丈夫冴木君、ねえ平気っ!?」
「ああ…平気、へいきだよ…?」
先頭は、右眉の上辺りを押さえ、その流血によりワイシャツが大惨事になっている男子。
彼の左腕に縋り付く、怪我人よりも動転しているのは、目鼻立ちのくっきりとした女子。
「冴木青吾に御堂しいな…怪我人はその酷い方だけよね? あと、そこのかすり傷だらけの新入生と」
まず椅子に招いたのは血みどろの方。
お客が多すぎても困りもの、未都はため息という名の悲鳴を上げた。
その後ろにいたかすり傷だらけの新入生、雛菊は雛菊で、ごっめーん、という仕草を柳と大地に向かって。
「あーもうなんで新学期から千客万来? しかも式の最中に貧血とかいう使い古されたネタじゃなくって?」
がたがたと包帯やガーゼ、脱脂綿を取り出す雑音。これでは内緒話など夢のまた夢。
いえいえそれほどでも、とジェスチャーで返信。
そんなこんなをしているうち、真面目眼鏡と豊かな胸元とのミスマッチで、愛嬌あふれる風貌の少女がちょっとした勢いで腰を曲げた。
「うちの妹がご迷惑を…っ!」
「いや、そんなことないですって! むしろ助かりました!」
「いえいえ…あ、私、蘭っていいます、綿池蘭。雛菊がいつもお世話になって…」
「あー…いつもってねお姉ちゃん、あたしさっき初めて喋ったんだけど、あの二人と」
そういや姉がいるって言ってたっけ、なんて思い出すのは大地の役目。
次いで寮長一ノ瀬灸、実行委員長斉多縁、彼女らの下僕美並一希。
灸はどうやら、この行列に途中合流したらしい。本来ならば例の会議に出ているはずが、挨拶をはじめとした入学式だなんだのごたごたに巻き込まれていたのだ。
そして最後に現れたのは、思わず間抜けな声を出して迎えた物体…否、人物。
最初は、ツヤ消しをした黒いゴミ袋かと考えた。が、それはあまりにもあまりな考えで。
常識を逸脱した背格好というのは、ここまでも思考回路を狂わせるものなのか。
「残念ながら、それは『森の主ジェヴォーダン』じゃありませんね」
あまり背の高くない柳でさえ、頭一つ分の大差をつけるような背丈。
ひょこひょこひょこ、と歩む度、周囲に異世界が広がってゆく。
その人物の形容には、あまり出来のよくない彼でも思いつけるぴったりな言葉があった。
「ま、まほうつかい…?」
「声に出すなよ…」
魔導士と言えるほど、残念ながら格好よくはない。それなら魔法使いの方が丁度良い。
それでもまだ足りなくて、最後の手段である平仮名表記に頼ってしまう。
まるで幼児向けの絵本に出てきそうな、床にまで引きずる黒いローブ。被ったフードからは真ん丸な眼鏡が、口元は小さくにこにこと。
身体の大部分を覆い隠しているため、体格や動きはわからない。その中で足を動かしているか、不安になるするするとした歩み。
「阿倍野先生まで…まったく、人口密度ひどいわよ、今のここ」
「押さえて押さえて、ね、桃井せんせ」
撫子さん、ナイス。臨界点絶好調突破中の桃井さんである。
それにも関わらず話を進める阿倍野、イコールマントのまほうつかい。
「今、御仕さんから連絡がありましてね。校則違反だからしっかり祟っといてくれとのことです」
「…へ? 校則違はぐぎゃ」
先ほどから黙って治療を受けている雛菊が唐突に口を挟み、中断された理由はやはり荒療治。
隣では冴木が、あっと言う間に頭部に包帯を巻かれ終えていた。出血はまだ収まらないようだが、微々たるものであろう。
そうなるとむしろ、血の抜けてきたショックに気づかされることになり、ちゃっかりベッドに倒れ込んでいる。
枕は勿論、しいなの膝枕。
「…空気読めよ」
けっ、と言い捨てた灸に、まあまあとフォローを入れる蘭。確かに空気読めではあるが、正直な所、どっちもどっちであろう。
入学初日から校則違反など、あってはならないことである。
「ええ、校則違反。ちゃんと見られてましたよ、」
入学式とその後の行程が終わり、解放された新入生。
そのうち一人が恐らく好奇心により森に侵入、もう一人が止めようと追いかける。
そこで『森の主』と遭遇してしまい、たまたま近くの校舎にいた雛菊が騒ぎを聞きつけ介入。
こなれた身のこなしで二人を救出したはいいものの、どこへ行くべきかわからない。
そこで思わず、目についた生徒会室にターザンロープの要領で飛び込んだわけだ。
…着地というか、内部の安全確保には失敗し、一名の怪我人を出したが。
そんな一部始終を語ってみせて、それにしても、と付け足すマント。
「さっきの入学式でありませんでした? 寮長諸注意かなんかで」
「げ」
あからさまに凍り付いた人物が一人。
ひょこりと振り返られた身体は、もう動かない。
「寮長…七不思議の話しか覚えてねーな」
「そんな重要なこと、あったら洋輔がメモしてそうだしね」
話題にもしただろうし、あいつ話の種蒔くの得意な方だから。
痛烈な事実を暴露され、既に逃げ腰、されど動けず。
つきつけられたのはアイギスの盾、メデューサの目に睨まれる。
「ですよねえ…一ノ瀬寮長?」
ふふふふふふふ。
確かに魔法使いだ、纏うオーラが紫と黒に染まってゆく。
「まあ、このことは私の管轄ではないですから、後で担当にこってり絞られてくださいね」
最後にハートマークを散らしながら、またもや恐ろしいことを口走る。
きゅる、と方向転換した瞬間、光の加減か眼鏡がきらり。たちどころに、効果は倍増。
ここがもしゲームの世界であったなら、余裕の極みで最強アクセサリーの座に収まっていたことであろう。
「でも、失敗は誰にもありますがね、とりあえず原因と結果は控えておくに超したことはないんです。というわけで、君たちが遭遇したものと状況について聞いてもいいですか?」
突然話題が飛んできた。対象は言うまでもない。
一度否定はされた、それをまさか問われるとは。しかも、いくら小さいとはいえども教員相手に。彼は実に立派な大人である。
それが真顔で、夢物語に取り組んでいる様が、新入生達には幾らか異質で、それ以上におかしかった。ただおかしいだけではなく、惹かれてしまう。
大人はリアリストだと思いこんでいる節がどこかで見え隠れする年代には、あまりにこの流れは不自然すぎて、好奇心やその奥にある無謀な本能が刺激された。
――だから嘘はつかない、あらゆる意味で。
⇔
懐古趣味な電話の呼び鈴が、凛々と空気を震わせる。
ダイヤルで番号を指定し、黒く塗られているところまでは、いわゆる黒電話という品である。問題はそこからで、執拗なまでの装飾があちこちに散らされて…それも趣味が良ければ、全く構わないのだ。
「もしもし、御仕です」
最早調度品めいた電化製品の奇怪な点、その第一には、受話器に横たわる骸骨を挙げるべきであろう。
番号には各々花を模した意匠があり、ダイヤル部もまた大輪の花を象っている。
更にこの位置からは見えないが、彼女は知っていた。まだここに来てから二週間もしていないが、あまりの不可解さに暇さえあれば佇んでしまうのだ。
側面には無数の人影、服装は様々だが中性欧州の貴族や聖職者が多いように見える。彼らは手を繋ぎ、輪になり踊る、人間らしさの欠片もない表情と立体感で。
「そうですか、それならいいのですが…速急に再発防止策を取ってくださると嬉しい限りです」
中性暗黒世界において、完全無欠なる美しきものの代名詞は、神であった。
故に、だ。故に人間を、人間味溢れるものとして形づくるのは禁忌であった。生き生きとした姿は作ってはならない、神以外の高貴なる存在はいてはいけないのだから。
さてそれではどうなったかといえば、この様である。
いざとなったら小学生にでも描けそうな、デッサンやバランスを無視した崩壊の光景。
終わりの見えない洞窟の中、繰り広げられる剣戟の狂想曲。そこへ聞こえるのは真黒き影の合唱隊、逃れられない断末魔。
いつしか舞踏に加われば、泡沫の鏡に姿を映す。
「そう、死者が出てからでは遅いですから」
⇔
電話は続いている。
その背後で我先にと動き出したのは、今までずっと扉付近で佇んでいた少女。
体重を預けた壁からふわりと立ち上がり、途端に存在が明確になる。
雛菊でさえ、さっきまであそこに人なんていたかな? と記憶をまさぐってしまう程…彼女は、存在感がまるでなかった。
人一倍早く思春期の森を潜り抜けて、本当の意味で美しく、女性らしく整えられた顔立ち。
花を飾るなら勿論紅薔薇だ。だがそれでは何かが足りない、ふわりふわりと遊ぶ霞草のような浮遊感が。
美しいのだがこさっぱり、彼女は口火を華麗に切り出す。
「ところで桃ちゃん」
「桃ちゃん言わない」
「例の物は?」
ああ、まったくもって無視か。
しかしいちいちそのことを指摘するのも面倒で、未都はやれやれと『ブツ』を取り出した。
この部屋に放り込まれた柳と大地が、
『名前だけはわからないから書き込んで』
と言われて書き込んだ、覚え書き――の、一枚めくった下から。
そういえば濃く書けと言われたな、大地が思い出した頃には時既に遅し。
現れたるは薄い紙、ひらりと一枚、ちらりと二枚。
「確かに渡したわよ、部長」
「はーい。ありがとね、桃ちゃん!」
「だから桃井先生とお呼び!」
牙を剥く。
怖い怖いこれだからとたじろぐ勢いに、冗談半分だとはいえども、悠然と迎え討つよう姿勢を整える。
武術や拳法の類ではない、言いようのない様相に、目を見張る。
野生の勘が危険を告げる。警鐘が鳴る、ガンガンと響く。
どこにあの気迫を詰め込んでいたのかが理解できない、一般人には理解できない空気を飲み込む。
(あれ、お姉ちゃんの友達、だよね?)
超然的な態度の前に、差し出されたのは命のカルト。
最大最高最強の賭、そうとも知らずに悲劇は始まる。
「というわけで、君達は晴れてオカルト研究部の部員になりました」
それは文字通りトラジティか、あるいはそれをも凌駕するコメディか。
罪なき二人の少年の運命は、入部届けと言う名のチケットに、軽々と翻弄されてしまった。
さあ、奈落への舞台が、始まる。
⇔
□冴木青吾/サエキショウゴ [3A]
…二枚目クール美青年に見えるが、彼女の前ではただの駄目な人。
□御堂しいな/ミドウシイナ [3A]
…冴木の彼女さんであり甘えん坊、それを除けばなかなか良い娘。
□綿池蘭/ワタイケラン [3B]
…雛菊の姉だが主に体型のせいでそうは見えない、学園のミスドジっ娘。
□一ノ瀬灸/イチノセヤイト [3B]
…学園寮長、喧嘩大好きのオレ様人間ですが実は歴とした乙女です。
□阿倍野晴章/アベノハルアキ [世界史]
…奇怪系小動物的教員、言動を見る限りオカルトに詳しいようで…?
□????/?????? [3?]
⇔
前開き過ぎ、もう一話投下予定。
[BGM:A Night Come's! /URAN→NightmeRe/SNoW]
by SSS-in-Black
| 2008-04-06 18:35
| 【School】