--for WAM [SSS in Black].
2009-03-09T19:17:24+09:00
SSS-in-Black
小ネタ書き散らし用。
Excite Blog
【狂気幻想世界 vol.2.5】鳴螺紅波の友人Nについて
http://sssib.exblog.jp/11051821/
2009-03-08T15:20:00+09:00
2009-03-09T19:17:24+09:00
2009-03-08T15:20:06+09:00
SSS-in-Black
【etc.】
ああ、またあなたが遊びにきてくれたのね。
†
ちみちみ短編。
読んでいる「リトル・リトル・クトゥルー」が800字を上限に書いているとのことで、それを目指しました。
改行部分を除くとぎりぎりそのくらいでしょうか。
いつもの話とは趣を変えてみました。だから「2.5」なのですが。
紅波さんは知る人ぞ知るの世界に陥ってますが復活させました。
次はまた来雨君達にバトンタッチしますねー。
]]>
【狂気幻想世界 vol.2】シズカとアブドル
http://sssib.exblog.jp/11030044/
2009-03-05T16:32:57+09:00
2009-03-05T16:34:10+09:00
2009-03-05T16:34:10+09:00
SSS-in-Black
【etc.】
その男は、そこまでを一口で言い切った。
漸く言葉が途切れたかと思って古閑静火は声のした方へ振り返る。半ば彼女を支配していたのは威圧感と強制感。
振り向かねばならぬ、そしてその声の主を確かめねばならぬ。そういった義務感が彼女を操って振り向かせる。
――夕暮れの図書室の片隅、窓枠に座っていたのは白髪の男であった。
昼の一件から気分が乗らず、帰ろうかと思ったが彼女を思いとどまらせたのは放課後に控えていた委員会の仕事であった。
委員長としてサボるわけにはいかない。そのやはり義務感に誘われて静火は午後の授業を受けたのである。と言っても体育は見学したが。
彼女は図書委員会の長であり、図書室の貸し出しの受付の仕事をこなしていたが、しかし今日に限ってあまり来客はない。
点、転と現れる生徒も三分ほどで去ってゆく。そのうちに夕焼けチャイムが鳴り、鴉が塒へと帰ってゆく。
さて静火はといえば図書室のパソコンを使ってあるものを調べていた。
「くるくる様」、「だごん様」、「旧き神」、そして「銀の世界」。
検索にかけてヒットしたことはヒットした。が、学校のセキュリティシステムのせいで見ることが出来ない。
有害サイトから生徒たちを守るためだとはいえども、都市伝説如きに閲覧禁止コードをしかけていいものなのであろうか。
どうも片っ端から「カルト」なり「宗教団体」なりに引っ掛かってしまう。ということはやはりそういった危ない類のモノなのであろうか? 疑うまでもない。
静火は真っ白なモニタから目を離し、ブレザーの隠しポケットに入れた鍵をごそごそと取り出した。途中で何かに突っかかる。装飾過多な工芸品のような鍵だ、突起や意匠が生地にひっかかったのであろう。丁寧に引っ張り出す。
先日見た(と思われる)あの大きな、三十センチ程の鍵をそのまま縮小したかのような造りだ。とにかく軟体動物の触手やら、鱗やら鰭やらのあまり趣味がよいとは言えないものがついている。
さて、果たして何故これを取り出したのであろう? こんなものを取り出しても何も起こらないと思ったのだが。
だが。
「…?」
貸し出し用の道具一式を収める、貸し出しカウンターの下に設けられた棚の奥。
返却印や日時を押印するための道具が入れられた箱の横に、もう一つ、箱があった。箱というよりは金庫、と表現した方が正確かもしれない。
そんなものがそこにあった記憶はなかった。それより彼女が思わず叫びそうになったのはその金庫が薄暗い棚の奥でも銀色に輝きその表面が奇妙な紋様で埋め尽くされていたからだ。
まるで昨日見た(のであろう)、銀色の門のように。
伸ばしてはいけないと思いながら手を伸ばした。触れた。ひんやりと冷たい。しかしどこか暖かさを感じた。さっきまで誰かが触れていたかのような金属の温さだ。まずこれは金属なのだろうか。もしかして何かの生物ではないのだろうか。
…どうしてこんなに飛躍したことを考えていたのか。そちらに気を取られている間に手はしっかりとその金庫を掴んで引っ張り出していた。
横にあった丸椅子の上に置く。そうやって改めて見ると金庫よりは宝箱といった名称の方がお似合いだ。ただそれにしては小さい。世界史の教科書がぎりぎり入るか入らないかといったサイズだ。厚みも国語辞典が一冊辛うじて収まるほどである。
天地を考えたら天になる向きの面には、蝙蝠の翼を広げた蛸のような生き物が描かれている。その目は閉じられていたが直感が彼女に語りかけた。
――これは昨日の「アレ」だ。
地になる面には猫のような足が四本ついている。あくまでもような、の粋だ。どうして猫の足に鱗が生えていよう。それらが前向きになるように静火は箱を回転させた。
側面には何とも形容しがたい者どもが這いうねっていた。膨張、拡散、収縮、凝固、何と表しても正解でまた外れのような図案が面一杯一杯に広がっていた。
彼女の見つけた一番の喩えは深海から湧き上がってくる泡と魚介類の身体の断片と光であったが、それも何か違う。これはどんな作家であっても詩人であっても表現することは不可能だ。
これはきっと人間の考案した、少なくとも正気の人間が象ったモノではない。狂気に呑まれたかあるいは人類とはまったく別の思考回路と文化様式を持った存在が作り出したモノであろう――例えば、神とか。
が、彼女には一箇所だけ理解できる図案があった。図案というよりそれは凹みであった。つまりそれは鍵穴であった。
正面に来る側面の真ん中に、ぽこりと空いた穴。大きさはそれこそ例の鍵にぴったりの。
机の上に放置されていた銀色の鍵を見た。夕焼けを反射して赤黒く輝いているがその本質は銀色だ。それに手を伸ばす、むしろ何処からかのばされた糸が彼女の全神経を操ってそれに手を伸ばさせ指に掴ませようとした。
そして冒頭の長すぎる一言に繋がるのである。
白髪の男は怪しいかといわれれば十分な出で立ちをしていた。まるで先ほどまで砂漠にいたかのような出で立ちである。
元々は白かったであろう外套はぼろぼろで所々茶色く変色し、また頭に巻いた襤褸布は異端の魔術師と言った風でさえある。そのイメージを更に加速させているのは見事なまでの白髪とその下から垣間見える子供のような輝きを秘めた赤い瞳であろう。
先天的に色素が無かったようには見えない。肌は褐色、砂漠の民のものだ。髪も所々黒い筋が見えないわけではない。でも白髪がそれを圧倒している。目はもしかしたら先天的なものかもしれないがそれに関しては保留にしておこう。
その明白なまでに自らを不審者だと名乗り上げる男は、窓枠から木の床へと音もなく降り立った。ちらりと見えた靴は布製だ。
「私はアブドル・アルハザド。人は私を『狂気の詩人』とか『狂えるアラブ人』とか呼ぶけど、まあ君は好きなように呼んでくれればいいよ」
それにしても友好的でざっくばらんな狂人である。その動作一つ一つが役者の身振り手振りのように隙がない。まるで怪しい壺を売りつけているかのようである。それでいて相手も買ってしまいそうである。よくわからない。
彼はひょいっとカウンターを乗り越えて静火の隣へ。椅子がないのでそれに寄りかかる。静火は何を思ったか箱を机の上に移動させて椅子を差し出した。とてもじゃないが不審者相手にすることではない。かといって彼女の頭の中には先日のように叫ぶなり「だごん様」を唱えてみるなりといった発想は無かった。
一方アブドルと名乗った男は一言礼を言ってそれに腰掛ける。それにしても背が高い。静火が小柄なせいもあり、二人の視線はなかなかかち合わない。
「さーてどこから話そうか。どこでもいいんだけど話すところから話しちゃうと絶対狂っちゃうものねえ。そうだとりあえずそれ開けてみない? 中身はクルウからのプレゼントだよ」
物騒なことを言いながらアブドルは銀色の箱と鍵を示した。そうだこれを開けようとしていたんだっけ。しかしそれがどうしてあの謎の少年・鳥山来雨からのプレゼントになるのだというのだ?
それを聞こうかと思ったが止めた。アブドルは満面の笑顔だ。何となくだが今はまともな応答が返ってこないような気分がする。気分がするだけで実はちゃんと返ってきたりして。でもなんだこのニコニコとした機嫌のいい顔は。
…開けよう。それがいい。静火は決心して鍵を握った。彼女の細い指には似合いの、でもどことなく歪な鍵。他のあらゆる銀細工が稚拙な造りに見えてしまうほどの想像を絶した鍵と箱を目の前に、彼女は息を呑んだ。
一体、中には何が入っているのか。
静火は、細い鍵を小さな深淵へと挿入した。
一瞬、鍵を伝って向こう側から何かに引っ張られるような、それこそ吸盤の無数についた腕に絡め取られたかのような感触が彼女の腕を走った。
そして、箱はあっけなく開く。ぎしぎぎぎ、と軋んで天板が持ち上がる。銀色だ。箱の中までもが繊細でいて大胆な銀色の彫刻に溢れている。
図案はどうも蛇のような、虫のような、それも蛆やその類のものを彷彿とさせる生物が絡み合い、睦み合い、まるでそれがひとつの生物を作り出しているかのようなものであった。ホッブズの「リヴァイアサン」の表紙を何となく彷彿とさせる。
そう、きっとこの絵で表されている存在は、王なのだ――王なる蛇の神。蛆の神。虫の神。静火は残念ながら今時の女子高生にありがちな「虫は基本的に嫌い」という症状を持っておらず、どちらかといえば何か精密な機械やマシンを思わせる虫の構造については興味を抱いていた。どうしてこれが動くのだろう。幼い頃から高校にはいるまでずっと一緒に遊んでいた近所のお兄さんのせいだろうか。今でも気づくと授業中に迷い込んできた天道虫や庭にいた蟷螂を観察しているのである。
そちらにばかり気を取られてしまった静火が箱の中身に気づいたのは、それでも十秒も経たない内であった。そちらの方も十分に怪しげな代物だったのである。
‘De Vermis Mysteriis’
重々しいゴシック体の文字が、表紙に躍っている。それは本のようであった。だが本にしては表紙の質感が妙だ。それこそ金属のような鈍い光を宿している。
「箱から出しても別にその本は君を囓ったりしないと思うけど」
「…」
何だか心配のベクトルがずれているような気がするが放っておこう。放っておいて良いのかは謎だが。
此処までくると、むしろ箱の内装に魅せられてしまった静火は、少し躊躇いはしたがその冷たい表紙に触れた。鉄だ。この本の表紙は鉄で出来ている。しかし錆びや劣化は何処にも見あたらない、それこそついさっき打たれて鍛えられて出来たかのような色つやだ。
世界史の教科書よりも小さく、国語辞典よりも薄いその本は重みがあった。何せ表紙、出してから気づいた裏表紙は鋼鉄で出来ており、またどうも頁は羊皮紙らしい。凝った装丁と言うべきか、ないしは置物や装飾品の域に達していると言うべきか。
例のタイトルの下には、壮麗なゴシック体とは真逆の引っ掻いたかのような文字で‘Ludwig Prinn’と記されていた。ルートヴィヒ、はいいのだが、あとはプリンとでも読むのであろうか。厳つい本にしては可愛い著者である、日本語的な意味で。
「成る程、『妖蛆の秘密』か。またマニアックな一冊を彼はセレクトしたね。あっとまだ開かない方が良いと思うよ、いや一応言ってみただけだよ一応。軽く私に話させてくれないかな、君の生命に関わるどころかこの地球というか世界というか『意識』にも関わるお話だからね」
そう言ってアブドルはひょい、と飛び上がる。そのまま宙に停止して、そこにステージか雛壇があるかのようにくるくると移動する。
昨日はここで海の香りがしてきたのだが、今日は違った。砂だ。乾いた空気の音、香り、感触。水を奪われた大地と空気。死を抱擁する荒野の世界がそこには広がっていた。
「君が握っているのは、人類は知らない方が幸せでいられる世界の秘密――。
私も彼らの秘密を知って破滅へと追いやられた人間のひとりだ。あの時の痛みは忘れたくとも忘れられないよ。
彼らはこの地球の外から、もしかしたら私達が『世界』だと思っているこの常識の枠すら飛び越えてやってきたのかも知れない、いわば超越絶対存在。
それをもしかしたら人類は『神』と呼ぶのかも知れないし、『悪魔』と呼ぶのかも知れない。
だが、確実なことはひとつだけ。
――彼らは我々人類のことなんか、ちっとも気にかけちゃ居ないんだ。
私達は何度も彼らに立ち向かったよ。馬鹿だからね。かないっこないんだ。
そこである馬鹿は思い立った。彼らと近づいて、その血を分けて貰おうと。そして絶対的な力を手に入れようと。
――それがその馬鹿はね、成功してしまったんだ。正しくは何人目かの馬鹿だけどね。
そうして生まれた、彼らと我々の血を半分ずつ受け継いだ存在。
…ああ、狂いそうな顔をしているね。見えてるのでしょう、私の周囲で踊り狂う『彼ら』の姿が。
大丈夫、君が使役する権利を手に入れた子達はもっとちゃんとした形をしているよ。何て言えばいいのかな…そんじょそこらにいる蛆とはまた違った姿をしているんだ。まあそれはいいでしょう。それより馬鹿の話ですよ。
薄々感づいて居るんじゃないかな?
彼の者の名はヨグ=ソトース。銀の門の守護者にして鍵にして世界にして時間。全ての包括者であり管理者であり破壊者。
その血を受け継いで生まれたのが、あの少年――クルウ・トリヤマ。
彼の不安定な精神は常に飢えていてね、ほんのちょっとのショックで他者に危害を加えたり殺したり…。
まあしょうがないのさ。…彼は門であり鍵である存在だから、その向こう側と直に繋がってしまう。
向こう側にいるのは…君ならわかるよね。
さて、どうして君にこんな力が渡ったのか――。
残念ながら私にはわからない。けどね、きっとちゃんと意味あってのことさ。
星辰が正しく輝ける夜になれば、全てが組み立ってひとつの形になるのだと思う。
その日まで、君には…四六時中彼に着いてろとは言わないけどね、彼の手伝いをしてやって欲しい。
彼が望んだら、馳せ参じる。…大丈夫、君になら出来る。現に…っと、ここからは話し過ぎかな。
とにかく君には、この本をあげよう。――彼らは意外と寂しがり屋だからね、ちゃんとかまってあげないと君の耳くらいなら囓っちゃうかも。
――さあ、これで私の話は一旦お仕舞いだ。アンコールは受け付けない主義でね。
何か気になったら、クルウに聞くと良い。私も出来るだけ君たちの側にいよう。何せ彼らの存在を人知のものにしてしまった原因の一端は、私にあるのだからね。
…それじゃあまた会えたら、良い夜を。…――」
「…ねえ、知ってる?」
聞き飽きた枕詞。
それでも聞いてやらなくてはいけないのが、人間社会の掟だ。
なんて鬱陶しい。人付き合いなんて切ってしまいたいくらいにこちらは苛ついているのだというのに。
「『銀色バタフライ』、今度はO駅に出たんだって」
「ふうん」
「ふうんって…。アレってさ、人身事故のあとに出るって言うじゃん? なんか気味悪いよねー」
「…」
ふるふると、携帯が震える。
静火はその送信者名を見ると、またかと思って小さくため息。
『今日はM駅辺りが怪しい感じ。また手伝ってくれない?』
でもいいか、と思って返事を出す。
『いいですよ、私の蝶々で良ければ』
友達曰く――。
「ねえ、最近メール多いけどどうしたの? …まさかあんたに限って彼氏とか…」
「違う違う。…すごく良い友達が出来たの」
そう言ってにっこり笑う、その表情は、何かぞくっとするらしい。
まるで狩人が良い獲物を捕まえたかのような、凄惨なものを孕んだ微笑み。
「…そうだ、いいこと教えてあげようか」
「?」
「今夜はM駅に、それ、出るよ。…きっとね」
そうして。
†
続いた! 続いたよちょっと!
前作よりちみっとクトゥルフの細かいお話が入って参りました。
一瞬他の小説群にひっかかるお話も出てきましたね。
そういやアブドルさんはあのアブドルさんですよ。名前をこちらから拝借しているので今回は本人役ってことになるのか…?
次こそ未定ですが、今度は何だか不憫な彼を出したいです。
では!]]>
【100-42】宝石
http://sssib.exblog.jp/11027908/
2009-03-05T09:21:55+09:00
2009-03-05T09:22:32+09:00
2009-03-05T09:22:32+09:00
SSS-in-Black
【etc.】
ロッテは一度も目覚めることなく、朝日が部屋に差し込む頃に目を覚ました。
「おはよう、ロッテ」
「…あ、おはようございます…」
一瞬の躊躇いは、唐突に変わった環境のせいであろう。
そもそも彼女はまだ、自分がどこにいてどのような状況に置かれているかも理解していないのだ。
メイカは良心の呵責に苛まれながらも、ミルクを温めるためにベッド脇の椅子を離れる。
剣はそのまま、放置した。
(…もしあの場で彼女を助けなかったら、という選択は無かった。…)
助けなかったとしたら、それは門番の意に反することだ。
またやり直しの命を下されるか、別の旅人が送られてくるかであり、彼女はこうなる定めにあったのだ。
――そう考えなければいけなかった。
(…首切り役人の娘、か)
あまりに似合いの仕事である。
だから門番は彼女を選んだのかもしれない。
あの日、彼女の一族が惨殺される時を狙って、彼女を時空の狭間へと浚い、そのまま歴史の渦の中に埋めてしまえば誰も困らないのだ。
一人の娘の存在など、簡単に闇へと葬られる。
それが「世界」の在り方なのだ。
何故ならその「世界」ですら一枚の「葉」の中で生じた小さなものであり、「意識」のほんの末端でしかないのだから。
それを確か人々はフラクタルと呼ぶのである。
永久に繰り返される螺旋の連鎖、と。
「…メイカさん」
「? どうかしましたか、ロッテ」
「この服って…」
「ああ。お気に召しましたか? 一応着替えに、と用意しておいたのですが…」
それは、門番から渡された服であった。
メイカの白いコートも彼からの支給品である。賜った、とでも言えれば良いのだろうか。そのあたりは微妙だ。
さて、ロッテが着ているのは黒を基調としたかなり厚手の服である。何故かベルトのような装飾が多用され、どこかの民族衣装のような雰囲気を醸し出している。
「…ありがとうございます」
「いえいえ。…おや、その髪飾りは?」
「あ…」
メイカはロッテの髪につけられた、紅い石のついた髪飾りを見た。
年期ものなのか、石を填めた金具は所々が錆びたり汚れたりしていた。その古びた感じがまた良いといえば良いのだが。
ロッテは一度頭の右側で結んだ髪を左へと流し、そのちょうど反対側で、髪飾りを使って留めている。かなり不思議で特徴的な髪型だ。
「…母の、…形見、です」
「…」
少し陰のある、呟きとも独り言ともとれそうな囁き。
少女はそれでも、気丈に振る舞ってみせる。
「…何もないよりは、いいでしょう? 母が誕生日にくれたんです、去年に。…」
濁る、声。
薄い肩ががたがたと震える。
――まだ、乗り越えろと言う方が無理なのだ。
「…よしよし」
メイカはそう言って、幼子にするよう、彼女をぎゅっと抱きしめた。
そう、まるで大切なひとかけらの宝石を、掌で包み込むかのように。
+ + + + +
【メイカの白いコート】…襟元に‘The Maker’と金の糸で刺繍がされている。
【黒を基調とした服】…丈の短いワンピースと長いマントのセット。メイカのように刺繍があるかは不明。
【紅い石のついた髪飾り】…紅い丸い石が中央におさまった髪飾り。かなりの年代ものらしい。
]]>
【狂気幻想世界 vol.1】クルウとルウ
http://sssib.exblog.jp/11022747/
2009-03-04T18:32:24+09:00
2009-03-04T18:33:36+09:00
2009-03-04T17:32:52+09:00
SSS-in-Black
【etc.】
真夜中の裏路地に、悲しく響く声があった。
どうもその声の主は学生らしい。恐らく予備校帰りに厄介事に巻き込まれたのであろう。
「工事中」の看板が礼儀正しくぺこりと礼をしている目の前で、彼女は絶体絶命の危機を迎えていた。
目の虚ろな、狂ったように笑い続ける一人の男性が、彼女を袋小路へと追いつめる。
もっと正確に言えば、酔っぱらいが女学生に絡もうとしているというありがちな場面である。
しかしそうは言えども、無理矢理に迫り来る異性というものは恐ろしいのだ。
彼女はただ家へ帰ろうとしていたのに、まさかこんなことになろうとは。
故に叫んだわけなのだが、その声を拾う者は誰もいなかった。
じりじりと追いつめられた場所で、ただただ犠牲となり心にも体にも傷を負わねばならないのか。
それは嫌だ。でも自分には何ができる?
と――彼女は他愛もない噂話を思い出す。
「知ってる、『くるくる様』の話」
「…『くるくる様』ぁ?」
女子高生の、よくある昼休み。
小さなお弁当を食べてから、特に標的も核心もない噂話や小さな出来事でお喋りをする。
その中で突然現れた、ある意味脈絡のない話。
なんて馬鹿々々しい名前なんだ、と思うものの、好奇心はそちらへと向かう。
「うん。別の学校の友達が聞いたらしいんだけど、要は困ったときに助けてくれるヒーローみたいなものらしーよ」
「困ったとき?」
「んとね、例えば酔っぱらいに絡まれた! とか、怖いお兄さんに目を付けられた! とか」
「…つまり迫り来る財布の危機は助けてくれないのね」
「そゆこと。つかあんたまた浪費したの?」
「だってだってー」
そしてこういった会話には常の、次から次へと変わる主題。
よく「あれ、何の話してたんだっけ?」と原点回帰に時間がかかる、そういう学生特有の話し方。
この「くるくる様」の話も、いわゆるよくある「都市伝説」の一つとして、あまたの学生や、下手をすれば大人の間にだって流布しているのかもしれない。
――それをくだらないと一蹴するか、否かはまた別の次元であるが。
彼女は必死に、普段の生活では滅多に使わないほどの速度で灰色の脳細胞を回転させる。
「――ああ、それ『だごん様』の話じゃない?」
「『だごん様』? 『くるくる様』じゃないの?」
「まあ名前が変わるなんてよくあるけどね。話の中身は笑っちゃうくらいそのまんま」
「ふうん…」
「あ、でも『だごん様』の話には、その呼び出し方? みたいのがあったなあ」
「え、助けてー! とかじゃなくって?」
「うん…何だっけなあ。『だごん様だごん様、旧き神をお導きください』だったかな…」
「なんかおカタいね」
「まあ助けてー! よりは信憑性はあるよ」
「確かに」
そうだ、そんな呪文があったような。
窮鼠は唐突に、ダメ元でそれを唱えることにした。
この歳になって呪文やら正義の味方やらを信じるか? と突っ込みを入れられ鼻で笑われそうではあるが、いざという時の頭なんてこんなモノである。
物質としての藁より脆い言葉を、伝説を噂を掴む現代社会人の細い指。
彼女は精一杯の声、とはいえども掠れて殆ど消えた声で呪文を叫ぶ。
「だごん様だごん様旧き神をお導きください、だごん様だごん様旧き神をお導きください、だごん様だごん様…」
最初の気づきから呪文を唱えるに至るまで、凡そ五秒。
追いつめられると人間、何をしでかすかわからないものである。
相手は正直、何処にでもいるただの酔っぱらいだ。
それに対して何故こんなにも大それた行動を取ったのかはよくわからない。
唯、彼女の中にあった思考回路の繋がりがそれを選ばせただけだという、偶然の産物。
「だごん様だごん様…」
七回目の詠唱。
目の前の「敵」はまだそこにいる。
じりじりと近づいてきて、彼女との距離はもう無いに均しい。辛うじて細身の人間が一人入れるくらいであろうか。
一方で彼女の背後の空間もほぼ皆無に等しくなっていた。やはりあと人が一人滑り込めるくらいの場所しか、彼女と礼儀正しい看板との間には存在しない。
他に方法は、変な話いくらでもあった。
よくある話だが一発殴るなり蹴るなり、とにかく相手の注意を逸らせばいくらでも突破口はつくれたのだ。何せ相手はただの酔っぱらいである。
それなのにどうしてこんなにも非現実的な手段に走って抜けられなくなってしまったのか。
「だごん様…」
そして、八回目に突入した時。
アルコール臭く、また少し腐ったような、烏に荒らされた生ゴミ置き場を彷彿とさせる臭さの息が彼女に吹きかかった時。
ぎゅっと瞑った目の上から何かの温かさを感じた時。
「こんばんはー」
暢気な声がひとつ、いきなり降ってきた。
背後だ、と思ったが彼女は事情がよくわからなかった。
目を開けても暗い。どうも背後にいきなり現れた何者かが手で目隠しをしているらしい。
さて、その何者かなのだが。
声を手がかりにするなら、彼女よりもはるかに幼い印象を抱く。声変わりを迎えたか、迎えたとしてもそんなに変わらなかったのか。
でも、少年の声であった。ならばグルか? …幸か不幸かそんな感じはしない。
かといって例の「くるくる様」なり「だごん様」なりなのかと言われればそれも怪しい。ネーミング的には正解のようだがそんなに強そうには思えない。
が、今は疑ってかかっている場合ではない。呼びだしてしまったものは呼びだしてしまったもので、とにかく行く末を見守らねばならない。
――この地点で、彼女の思考回路は相当な疲れを感じていた。が、それをそうだと思わせないのも緊急事態というものであろうか。
「ボクを呼んだのはキミだよね? なら良かった。じゃあ今からちょっとぷちってしちゃうからこのまま我慢しててね。ほら、いわゆる『ショッキングな映像が含まれますので』ってやつだからさ。ちょっと我慢しててね、すぐ終わらせるから」
了承も了解も得ないままに話を展開させる。
ボク、というあたりやはり少年なのであろうか。それだけで決めつけるなんて失礼だろうか。
ああもう何て関係のないことを考えているんだ、そうだきっと疲れているんだ。
「そうだねえ、グールかあ…あんまりお腹の足しにはならなそうだけどなあ…いいかな、ルウ?」
彼女の心配などまったく気にせず進んでゆく事態。
まだ目の前には酔っぱらいがいるのであろう。あの独特の吐息がまだ漏れてくる。
それにしても只の酔っぱらいのくせに、この吐き気をもよおしそうな息は何なのだろう。そう考えると口元まで何かがせり上がってきた。吐きそう、吐く、でもあと一歩が踏み込めない。
更に何だか海辺の潮騒の香りまでが漂ってきた。それはいいのだ。問題はその裏で少しずつ空間を満たしつつある市場の臭いだ。魚介類を卸す市場特有の臭い。あの魚臭さ。生臭いのとはまた何か違う、魚屋の前を通ったときにああ魚屋だなと感じる臭い。
あれを濃縮させて酒気を帯びさせたらきっとこんな臭いだ。しかしなんでこんな臭いがするのだ。近くに酒場も魚屋も市場も海もないはずなのに。
「…そう? じゃあぷちっとやっちゃおうよ、ねえ、ボクも楽しみなんだから」
誰と話しているのだろう、この少年は。
気づいたら気づいたでまた吐き気が自己主張をしてくる。でも一体何を吐けというのだろう。お腹は今ペコペコだというのに。
よくわからない朦朧とした頭の中で、きっと今なら魚が口の中から溢れ出てきそうだなと思った。思っただけで現実になりそうな気がした。気がしただけで大変有り難かったのだが。どんな妄想なのだこれは。
そういえば先ほどから妄想? 想像? とにかくそのあたりが激しくなってきたような気分がする。目の前が閉ざされているからだろうか。真っ暗な視界の中で先ほどから渚が私を誘うように揺れている。どうしようもないくらいに蒼い渚と蒼い海だ。
その海から何か、半魚人と言って正しいのかわからないが、鰓のあって目のぎょろりとした人々が這い出してくる。砂浜に散らばる足跡。ぺたぺたぺた、と厭らしい音。
白い波が砕けてまるで蛸の足のように身をくねらせる。強くなる海の香り。
そうだ、人類は海から生じたのだ。人類に限らず、全ての生き物は海から生じたのだ。きっかけは判らない。けれども海というのは全ての存在の母なのだ。その海の底に何かがいるとしたら、あるとしたら、人類は全て懐古の、望郷の念を抱くのであろう。
深海よりももっと深くにある深層意識の何処かに、人々は必ず海への憧れを抱いている。帰ろう、還ろうとして人々は時折海に身を投げたりするのだろうか。きっとそうだ。あれ私は何を考えているのだ?
「おいで、ルウ」
瞬間、視界が晴れた。銀色に世界が染まった。
どこまでが真実なのか幻想なのかわからない。けれど視界が一瞬にして、一瞬だけ変わったのだ。
最初は銀色の塊、まるで門のような荘厳な姿。
威圧されそうな私はその前に立って、右手に鍵にしては大きな、しかしその門にはぴったりの鍵を持っていた。
にこにこと微笑む少年にそれを手渡す。少年はぼろぼろの外套を纏い、魚の顔の骨のような仮面を被っていたが、それでも微笑んでいると思ったのだ。
さて少年は銀色の鍵を門にさした。鍵穴は握り拳が入りそうなほどの大きさだった。
がちゃりと錠が外れる。鍵が抜ける。鍵穴の深淵が私を覗き込む。
目があった。
在ったのは、ぎょろりとした魚の目。
合ったのは、恐怖と畏怖とが混ざり合った感情。
それが瞬きをする前に、扉がぎぎぎ、と軋んで開かれる。
何処にそんな力があるのだと言いたいほどに細い手が、気色悪い意匠の施された観音開きの取っ手を握っている。
悪魔と言うには違う、あらゆる海の魔物の姿が彫られている、錆びた銀色の門。
ソウダソノ門ノ向コウニハ彼ガ眠ル水銀色ノ海ガ広ガッテイルノダ――。
一瞬だった。
ふと霧が晴れたような、光が差したようなやわらかさが私を包み込んだ。
頬に冷たいものが流れていた。それが涙だと気づいたのはたっぷり一分の後であった。
気づけば目の前は、あの路地裏。
酔っぱらいは居なかった。ただ一本、哀しげな哀愁を背負ったネクタイの切れ端が落ちていた。
「ねえ、甘いもの持ってないかな?」
少年の声ががんがんと響く。
よくわからないままに、ブレザーの胸ポケットから飴を取り出す。
振り返れば良かったのだ。だが出来なかった。取り出した飴をひょい、と取り上げられる。
ビニールを破る音。ちゅっ、とどうやら口に含んだ音。
どこまでが現実なのだろうか。これは幻想ではないのか。むしろ最初から全て、そう私の存在さえも、この世界でさえも幻想ではないのか。
なんて私達はちっぽけなのだろうか――無力で救いようのない、がらくたのような存在なのであろうか。
「ん、いちごだ。…ありがとね、えっと…」
その時、自分の名前を告げたか、告げなかったか。
それすら覚えていない。
それほど私は、その時目にした「モノ」に衝撃を受けていた。
声を殺して、泣き叫んでいた。
ナンテ、儚イ、脆イ世界ニ、私達ハ、安穏ト立ッテイラレルノダロウ…――。
「…どうしたの、いきなり泣き出しちゃって」
「…」
翌日。
そこにあったのは、腫れた目と苺味の飴のカラ。
気づいたら学校にいて、席に座って、授業を受けて。
休み時間にいつものようにくだらない話をする気にもなれず、窓から外を見ていたとき。
「何か、悲しいことでもあったの?」
そう言って話しかけた声は、どこか懐かしさを感じる少年のもの。
声変わりを失敗したかのような、明るい高い澄んだトーン。
何となく顔を上げれば、そこには見知らぬ顔をした少年が。
名札には、「鳥山来雨」の文字が踊っていた。
「…ああ、ごめん。最近あんまり学校に来てなくってね、知らないかも。…もしかしたら、知ってかもだけどね」
ね、と笑う。
その微笑みにも、既視感。
「そうそう…あの飴、美味しかったな。どこで売ってるか、よかったらおしえてよ。ね?」
古閑さん、と、最後に名前を付け足されて。
とすり、と、目の前に一本の鍵が落とされた。
銀色の美しい、しかし異様な紋様が施された鍵が。
「…ようこそ、銀の世界へ。…」
そうして。
†
…長かった。
最初は「勧善懲悪シーフード系」を目指していたのですが…狂気にぶっとびましたね。仕方ない元ネタが元ネタだから。
えっと、初めてまともに書いたかも知れないクトゥルフネタです。
続いたらすまない。多分設定だけ引っ張って続けることはあり得そうだが…。
ちょっと修行してきます。さらば!]]>
【100-41】大樹
http://sssib.exblog.jp/11016440/
2009-03-03T21:17:05+09:00
2009-03-03T21:17:05+09:00
2009-03-03T21:17:05+09:00
SSS-in-Black
【etc.】
それらはやがて沈殿し、「種」となった。
それは、同時期に生じた「宙」からの光を浴びて芽吹いた。
それはやがて「意識」を持つようになった。
「意識」は「宙」に焦がれ、それを目指すうちに「樹」へと育った。
「樹」は「枝」を巡らせ「葉」を生やし、その一つ一つが「世界」となった。
「世界」は「意識」の「夢」であり、そのひとひらひとひらが少しずつ違った色をしていた。
ところで――「宙」はあまりにも高く、「樹」は自重で崩れ落ちそうになるまでそこを夢見続けた。
そこで「意識」は自らを制御する末端組織を創りだした。
弱った葉や病にかかった葉を喰い荒らす「虫」。
その葉を適切に処理し切り落とす「断罪者」。
常に彼らのことを見守って指示を出す「門番」。
こうした存在に守られながら、「意識」は今日も「夢」――「世界」を生み出し動かしているのだ。
…
そしてその「意識」は一般に女性名詞として扱われる。
最初に誰が言い出したか等はわからない。しかしそれがしっくりくるために広く使われているのだというだけで。
この話――「世界」の創造――を知る者は限られている。
大半の「葉」、すなわち「世界」においてこの話を知る者は皆無といって良い。
ただそこに介入した「虫」や「断罪者」が何らかの形でこの話を伝えることがある。
また、「樹」のうちもっとも「宙」に近いといわれている「葉」においては、この話自体はやはり流布していないのだが、「意識」や「世界」の考え方を知る者は少なくない。
というのも、その「世界」は特殊な機構の上に成り立っているのだ。
端的に言えば、「意識」の生死を握っている、といったところであろうか。
とにかくその「世界」においては、一見ただの小市民であっても「断罪者」の劣化版のような力を持っている可能性があるのである。
そして「彼女」と呼ばれる「意識」を生かすか殺すかの闘いが、常に繰り広げられているのだ。
…
さて。
メイカは「断罪者」という「旅人」である。
彼ら「旅人」はほぼ自由に――途中、大半は「門番」の許可を受けなくてはならないが――「葉」と「葉」の上、すなわち「世界」と「世界」を行き来できる。
そのパスポートのような、強大な力を秘めた道具は「鍵」と呼ばれている。
「鍵」は「世界」と「世界」の間にいる「門番」というゲートを通るために必要とされる他、持つべき者が持てば「世界」を滅ぼす力を発揮する。
メイカの「鍵」はティアー・アイズと呼ばれる緑色の輝石であった。
それは己のいる「世界」により形を変えるという、かなり特殊な「鍵」であった。
――彼は今、寝台で再び眠りについたロッテの側で、荷物から取り出したそれを見ている。
「…全く、ただの迷信…ですよね?」
それは、真っ直ぐな白い剣であった。
刀身には透明な輝きを見せる緑色の線が入っており、それは束の所で美しい紋様を描いていた。
「…」
そしてそれが現れる度に、その「世界」ではあることが起こっていた。
――その「世界」の崩壊が。
+ + + + +
【ティアー・アイズ】…ちなみにメイカの出身世界では銃、クレオ達の世界では杖に姿を変えていた。
語りまくったといいますか。
なかなか進まなくて困ってます。
]]>
【100-40】業火
http://sssib.exblog.jp/11015657/
2009-03-03T19:34:49+09:00
2009-03-03T19:36:00+09:00
2009-03-03T19:36:00+09:00
SSS-in-Black
【etc.】
「…ごめんなさい、今、思い出せるのはこれくらいで…」
「…わかりました」
彼女が告げたのは、ファミリーネームであった。名前は思い出せないのだという。
ショックによる断片的な記憶喪失のようである。
しかしメイカが驚いたのは、そこではなかった。
「…そのままでは呼びづらいので、ロッテさん、でもよろしいですか?」
「はい、喜んで」
その名字は、ある道では有名な一門のものであった。
そしてその一族の辿り着いた先も、また凄惨なもの。
――全ての辻褄が合い、符号が繋がり、一つの模様を描き出した。
何故、彼女の家の者は突然の襲撃で殺されなくてはならなかったのか。
そして、その血を引く彼女をどうして門番が選び、メイカが導くことになったのか。
(…また、なんて的確な配役を…)
彼女の家は、まさに人々を裁くために存在していた。
それこそ「断罪者」にふさわしい、咎人を屠るためだけに。
だから彼女の家は恨まれ、憎まれ、しかし誰かがやらねばならないという暗黙の了解の上に平穏を保っていられたのだ。
罪人を生かしておくことはできない、かといって彼らを殺すという行為は神に背く行為と同等である。
その「背徳の犠牲者」の数を減らすために、権力は処刑人の家系というものを設定した。
そして彼女は、それに準ずる出自を背負っているのだ。
「…」
「…どうか、しましたか?」
本人は、果たしてそこまで忘れてしまっているのであろうか。或いは、覚えているのであろうか。
問うことができれば話は早い。が、彼女はまだ家族を惨殺された痛みを受けたばかりなのだ。
ただでさえ不安定な状態の人間を煽って、何が手に入るのか――。
「…なんでもありませんよ、ロッテさん」
「そう、ですか…。…あ、あと、ロッテでいいですよ、えっと…」
「? …ああ、私ですか」
そういえば、彼女の名前とそれに纏わる逸話を思い出すうちに、まだ名乗っていないということをすっかり忘れていた。
「私は、メイカと申します。よろしくお願いしますね」
「…はい、メイカさん」
にこり、と笑ったつもりなのであろうか。
彼女は少しだけ頬をゆるませ、手元のミルクに口づけた。
カップを握る細い指と白い手が、網膜に焼き付いて離れない。
(…どうして神は、『彼女』は、こんな幼子を業火の中へ放り込むのだ…!)
それはどこへも響かない、不条理な運命に対する悲しみの叫び――。
+ + + + +
【ロッテ】…少女の愛称、どうやら名字の一部らしい。
というわけで、ようやく名前が出ました。
]]>
【100-39】大地
http://sssib.exblog.jp/11000853/
2009-03-01T21:41:51+09:00
2009-03-01T21:43:01+09:00
2009-03-01T21:43:01+09:00
SSS-in-Black
【etc.】
その一方でメイカの意識は、例の素性の分からない少女に関する自分なりの情報を再度確認していた。
(場所は「地球」に酷似した世界、時は恐らく近世の初期…)
一族郎党を皆殺しにされ、一人生き残った少女。
否、彼女は殺されたに等しい。
――彼女はもう、ただの人間ではなくなってしまったのだから。
(このままいけば、彼女も私と同じ…)
時空を転々とし、どこにも居場所を見つけられない、赤の道を辿ることになる。
それが、酷く恐ろしかった。
(…)
彼は、「断罪者」や「枝切り人」と呼ばれる存在であった。
それは世界を継続させるには欠かせない、しかし血濡れた存在であった。
今のところ、彼は同業者と会ったことがない。
だからこれがその最初になるのだということを薄々予期していたし、またその瞬間に立ち会うのが辛くもあった。
門番が果たして自分に何を期待しているのかはわからない。
だが、このような配置になったからには必ず理由がある筈である。
(…私に、彼女を育てろとでも? …冗談じゃない)
幼い少女に、世界の重みを背負わせろと、世界は要求する。
その重みを知るからこそ、彼は怖かった。
(…)
たっぷりとミルクが注がれたカップを片手に、メイカは少女の元へ。
(…まだ、己の立つべき大地すらわからないというのに、この娘は、)
その虚ろな目は、空の青い色を映す。
(その脆い土台の上で、全てを負わねばならないなんて、)
ふと、彼女はこちらを向いた。
涙がつう、と頬を流れる。
(…馬鹿々々しい、この世界なんて)
その叫びが、誰にも届かないのをいいことに。
メイカは、小さく怒りを吐き出して、
「…どうぞ、熱いですから冷ましてくださいね」
できるだけ優しく、柔らかく彼女に接する。
それが彼にできる、最高のこと。
「…」
小さな口が、カップの縁に触れた。
あつ、と空気を振動させた声。
――どこからどう見ても、世界を殺す力を秘めているなど、思えない。
「…、あの」
「? 何ですか、お嬢さん」
そういえば、まだ、互いに名前を知らせていなかったっけ。
「…私の名前は、」
――彼は直ぐに、彼女に纏わる力を知ることとなる。
その名前を、聞いて直ぐに。
+ + + + +
つぎー。
雪崩式にネタがばれていきます。
]]>
【100-38】天空
http://sssib.exblog.jp/10993512/
2009-02-28T22:33:27+09:00
2009-02-28T22:34:37+09:00
2009-02-28T22:34:37+09:00
SSS-in-Black
【etc.】
薄ぼんやりした意識の中で、ここはどこだろう、と近くを見遣る。
天井の木目はかなり古いものらしく所々に傷があり、また寝台自体もあまり高価なものではなさそうだった。
「…ああ、目が覚めたんだ」
首を左側に動かせば、そこにはふんわりと笑う青年がいた。
この人は誰だろう、と記憶をまさぐった矢先に、彼女は現実を把握する。
「! あ、ああ、あ…!」
空気が入り込む。
次々に入り込むそれをどうしたらいいのか、少女にはわからなかった。
そして同時に、彼女の脳裏には矢継ぎ早に小さな光景が照らし出される。
突然の怒声。
蹴破られたドア。
玄関先の花瓶が床で割れる音。
使用人達の悲鳴。
形相を変えて部屋に飛び込んできた母。
少女を抱きかかえる白い腕。
忍び寄る武器を片手にした男達。
背後から袈裟がけにされた兄。
離れていった繋いだ手。
母の体を駆け抜けた衝撃。
もつれる足で滑り降りた階段。
古びた倉庫の奥の暖炉。
外へと延びていた抜け穴。
――真っ赤な、色。
狂いそうになる、その一歩手前。
吸い込みすぎた息が、景色を歪ませる。
それに対し、青年は即座に予め用意しておいた紙袋を口に当てさせた。
「落ち着いて、落ち着いて…」
奪われた呼吸手段と、青年の宥める声に呼応して。
最初は錯乱していたであろう様子が、徐々に落ち着きを取り戻してゆく。
「…ぁ、は…っ、ああ…」
「…」
生理的な涙と、感傷的な涙が流れる。
そこにいたのは、まだ世界を知らない少女。
――彼女にあまりに酷な運命を与えた、世界を憎む術すら知らないような子供。
「…辛かったら、まだ寝ててください。それとも、何か食べますか?」
「…」
「…大丈夫。君は、私が守るから」
――少女は小さな声で、ホットミルクが飲みたいです、と呟いた。
そしてその、まだ涙を溜めた瞳で、窓の向こうの空を眺めていた。
+ + + + +
今日はここまで。
]]>
【100-37】深海
http://sssib.exblog.jp/10992646/
2009-02-28T20:53:23+09:00
2009-02-28T20:54:33+09:00
2009-02-28T20:54:33+09:00
SSS-in-Black
【etc.】
「はい」
「…例の彼女は?」
「ここにいますよ」
そう言ってようやく、彼――門番・ランパートは振り返ってこちらを見た。
そこにいたのは、まだ意識の戻っていない少女と、それを抱きかかえる青年の姿。
少女はフリルをたっぷり用いた、しかし洗練されてしつこくないデザインのドレスを着、青年は汚れた薄茶色の外套を纏っていた。
「…ご苦労」
「…」
「そして次の仕事だ」
疲れを癒す間もなく、次の仕事へ。
尋常でない事態も、彼らにとっては当然であった。
「彼女を同伴し、行ってもらいたい場所がある」
だが、このような話は初めてだった。
「この子を連れて、ですか」
「そうだ。行った先で何をすればいいかは、行けばわかる」
このような、他者を同伴させて、目的も分からぬままに旅立つのは。
そんな怪訝そうな気配を感じてか、門番は幾つかのことを付け足し始めた。
「…彼女を目覚めさせる、というのが正確といえば正確な目的だ」
「…このままでは彼女は目覚めない、と」
「ああ。…見ただろう、お前も」
あの凄惨な光景を。
肉親が殺され、殺され、殺され続けていくシナリオを。
「遅かれ早かれ、目を覚ますことは覚ますだろう。しかしそれは仮初めでしかない」
「…精神的なもの、ですか」
「いや、もっと深い場所にある…そうだ、彼女の魂だ。その目覚めは、このままでは起こらない」
青年は、視線を下に動かす。
真っ青な顔で、どこか苦しそうな雰囲気をした少女。
――白かったであろうドレスは、今は血と埃にまみれてしまい、見る影もない。
「…門番」
「何だ」
「…つまり彼女は、私と同じ、なのですか?」
「…」
その、意図しているものは明確であった。
彼は元いた世界で罪を犯し、定められていた運命に誘われ、世界を超える力を与えられた。
その代償がこの仕事であり、また、その手を果てしない量の血で染めることであった。
「…さあ、」
私と同じことを、こんなに幼い少女にさせる気なのか、と。
黒い瞳は、静かな怒りをはらんで問いつめる。
まるで深海のように、ゆらりゆらりと、確固たる意識を抱いて。
だが門番は、それをそうと知りながら受け流した。
「それは、君が見てくるものだ」
「…」
「わかったならば、早く行った方がいい…全て、君のためだ」
この無情さも、無常さも。
「…了解」
――斯くして、新しい旅は、始まる。
+ + + + +
【門番】…メイカの上司たる存在。世界を監視し、その秩序を守る者。メイカにはどうも寡黙な大男に見えているらしい。
特に語ることもないので、次へ。
]]>
【100-36】船出
http://sssib.exblog.jp/10975674/
2009-02-26T16:02:23+09:00
2009-02-26T16:03:32+09:00
2009-02-26T16:03:32+09:00
SSS-in-Black
【100 title】
人生は、大きく転換する。
常に、転回の危機を孕んでいる。
「早くお逃げなさい、×××!」
運命は、大きく揺さぶられる。
常に、崩壊の予兆を察している。
「貴女は悪くないのよ! だから、お逃げなさい!」
世界は、大きく展開する。
常に、終末の時期を望んでいる。
「×××! さあ、貴女なら、ここから、出られる、から…!」
彼女は、信じることが、できなかった。
「さあ、早く、はやく…!」
嗚呼、なんてキレイな色をしているのだろう。
「逃げてちょうだい、×××…!」
なんてキレイな、赤なのだろう。
「私の、ことなんか、忘れて頂戴…!」
夕日、業火、血溜まり、お母様のドレス。
「×××…」
その赤は、彼女の意識を浸食してゆく。
「逃げ…て…」
嗚呼、なんてキレイな、滅びの色をしているのだろう。
「あ…あぁ…」
白い母親の顔を過ぎるように流れる、一本の血の筋さえ、愛おしい。
「×…××…ね、にげ…」
ぽちゃり。
「…」
代わりに、聞こえてきたのは、軍靴が荒々しく床を踏み、蹂躙してゆく音。
「 」
硝子が割れた、きっと二階の子供部屋で――私を、探しているのだ。
そう気づいた瞬間、漸く、彼女は叫ぶことを思い出した。
警鐘のように木霊する声を受け止めるのは、誰であろうか。
「 」
「 」
「 」
「 」
聞こえる会話も、近づいてくる会話も、聞こえない。
「!」
突然、背後にあった抜け道へと繋がるクローゼットが開く。
「早く!」
幼い頃、悪戯で兄とここで遊んだら、いつもは優しい母に酷く怒られた。
「ねえ、君! 早くしないと、早く逃げないと!」
母が取り乱した姿を見たのは、その時と、今日だけであった。
「ほら!」
ああ、そこへ入ったら、またお母様に怒られてしまうわ。
「 」
「 」
そうでしょう、お兄様…二階にいらっしゃるはずの、お兄様…。
「…っ!」
細い身体に、衝撃が走った。
そのまま少女は、臨界点を突破した意識を、手放した。
「…はい、恐らく貴方の言っていた少女を。…ええ、ええ。…」
翠の海を、その船は滑るように走っていた。
「今は、気を失っています。…目覚めるか否かは、わかりませんが」
(…目覚めてもらわないと、困るのはメイカ、お前だぞ?)
「それでも構いませんよ。…一体この子に、何をさせようとするのですか」
青年はその舵を取りながら、どこからともなく聞こえてくる上司の声に応答していた。
(私にも解らない。…刻がくれば、きっと彼女自身が気づくだろう)
「…」
(兎に角、一度帰ってきてくれ。話はそれから、ゆっくりしよう)
「…了解」
そう言って、彼は静寂そのものとなった翠の海を、駆けるのであった。
+ + + + +
予定狂いました、すんません。
ちょっとササミのターンは放置。というより、一旦休憩に。
ちまちまこちらも進めていきます。]]>
【H.S.S.-Five】コントン、或いはあまりに非科学的な事態の証明。
http://sssib.exblog.jp/10974268/
2009-02-26T11:11:17+09:00
2009-02-26T11:12:25+09:00
2009-02-26T11:12:25+09:00
SSS-in-Black
【School】
「なあに、もしかして大地君と連絡ついたの?」
寮で生活する生徒は、ざっと百人ほど。男女比は半々といったところか。
その生活を慈愛の微笑みで見守り、時には厳しく諫めながらも、切り盛りしてゆくのが寮母である坂口梨乃の勤めだ。
だが流石に、食事だけは一人では賄えない。というわけで、食堂では何人かの人影が立ち回っていた。
そのうちの一人、暗い天然の赤毛を軽く一本に結った青年と目が合い、葵はらしくもないが動揺してしまった。この学園の住民達は基本的に整った顔立ちをしているため、慣れたというのもおかしい話だが。
格好良かったり、逞しかったりする同性には、確かに憧れる。が、それをも凌駕した女性的な、更には中性的な要素というものに対しては、憧れ以上の反応を示してしまう。
「こら、遊ばない。
…で、どうしたの?」
「あ、はい。多能先生が、電話をかけてもらいなさい、と」
「?」
これだけでは、わからない…葵は重大なフラグをまだ立てていなかった。
それに気づいたから良かったものの、一歩間違えば何処かの歯車が途端に狂い出しそうな行為。
果たして彼らが何により、何を思っているのかはわからない。でも、電波により繋がった『向こう側』は、まるで戦地のような鋭い空間。
きっと、想像を絶するような何かが起こっている、はず。
こんなにも暑い、熱い部屋であるにも関わらず、薄い背中に滴る汗は氷の如く。
「『メメント・モリ』って言えば平気だって…」
「…。時間になったら食べさせはじめていいわ、私は抜けます」
「了解しました」
青年の応答を背中で受け止め、梨乃は葵の手を取り――むしろひっ掴み――食堂を後にする。
向かうは生活棟の心臓部、一階に設置されたカウンター。
小さな事務所のような佇まいが、その奥に確認できる。
「初日から大変ね…っと」
白いボディの、いわゆる職場にある電話。
プラスチックの無味乾燥さに手を伸ばす、くるくるのコードが持ち上がる。
「連絡先と内容は」
「事務室に、一般教科棟と生活棟の間にある階段の封鎖を…と…」
「? どうかしたかしら」
「いえ、あ、あの…」
葵は当惑していた、彼女のすぐ脇で。
それはきっと、高一にもなって手を繋がれている件について。
またそれが、あまりにしっかり握られている、むしろ手放す気すらない件について。
疑問と相談の渦巻きが、ぐるぐると言葉にせずとも伝わってしまったのだろうか。
「あのね、こんな場所で悪いけど…可愛い男の子って、宝だと思うのよ」
コール音が切れたのも、丁度、狙ったかのようにそのタイミング。
なんともおいしい賢母であった。
⇔
「はい、事務です。…ええ、はい…」
彼女はボールペンでささっと何事かを書き連ね、目の前にいた女性にそれを差し出した。
只今、軽くお茶の時間。事務のカウンタ、受付窓の中と外。
中から差し伸べられたのは、桜色のメモと桜形の茶菓子。
それらを外で受け取ったのは、等身大の日本人形。
まだささやかに湯気が揺れ、鼻腔を擽る日本茶の芳香。
「…ん。わかった」
ひらりと手を振り、了解の合図。
それに返して、深窓の令嬢。
「今、高殿先生が現場に向かわれました」
『ありがとうございます、東海林さん』
東海林流と、彼女は名付けられている。
そのせいか、目に留まるのは丁寧な仕草。ひとつひとつが流れるように。
どこまでも明瞭な水面の輝き。何も歪めず、伝えきる者。
「じゃあ、また何かありましたら」
『はい、ではでは』
どうやら酷く急いだ様子、彼女らしくもない切り方。
それには全く気を留めず、流はふいに長く息を吐く。
とうとう、きたのか。
川の全貌も見渡せぬ侭、遂に探検は始まった。
⇔
男が一人、男と言っていいのか怪しい人物が一人。
二人並んで、凸凹と。…ご察しの通り、凹の方は晴章だ。
トレードマークの黒いマントに身を包み、掛けた眼鏡は猜疑に曇る。
「…もう」
まるで子供が、駄々をこねるかのように。
ないしは、それを見咎める母親のように。
彼は明らかに怒っていた、ぷりぷりと。このあたりが彼が彼たる由縁である。
「まあまあ、阿倍野先生」
「そういう在原先生も、腹の中じゃ何考えてるかわからないじゃないですか」
さて、凸な男なのである。
晴章と比較すれば、当たり前だが背丈は高い。しかしそれを抜きにしても、なかなかな長身の持ち主な様子。
ぱっと見、そしていくら観察しても、聞き出さない限り国籍が不明な外見。西洋とも東洋とも、色では白黒つけがたい。
そちらにばかり気をとられ、黒いスーツの上着の丈が、やや長めだという事実に気づく者はどうやら少ないようだ。
「あはは、ありがとうございます」
「…ほめてませんってば」
ナイスツッコミ。
ありわら、と呼ばれた男はからから笑う。
「いいじゃないですか。女にうつつを抜かした男ほど、外部から頼れない奴はいませんよ」
「でもそれは、男に限らずね」
待ちかまえていたのは日本人形。
黄色の系統で染められたエプロンは、更にその上から幾重にも模様が重ねられている。
「高殿先生じゃないですか。…仕事帰りで?」
「ええ、単純な結界を張りに」
「ご苦労様です」
ぺこりと小さいのが礼をすれば、マントがくにゃりと可愛く揺れる。
よしよしと大きいのが撫でようとすれば、マントの奇妙な所が伸びて、それをぺちりと叩いてみる。
…思考の中身が云々、以前の状況だ。
「まあね。でも、しがない一美術教師としての責務を果たしたまでですよ
お二人はこれからどちらへ?」
「ちょっと食堂まで。一緒にどうです? 面白いものが見られるかと」
「面白いものねえ…」
高殿廻、年齢不詳の日本美女。
彼女の視線の先には、何故それを浴びせかけられたかわからない阿倍野。
大丈夫、君は十分面白いものだ。
「…行きましょうか」
「はい」
⇔
「『バベルの無限階段』、かあ…」
「ええ。…私としては、まだ存在が掴み切れてないんだけど」
こちらは待機組。
かかったままの携帯を机上に、水城と洋輔は食堂の一番端の席に座っている。
「確かにね…元はといえば、それこそ神話の出来事だし」
「そうそう。それがいきなり、こんな日常に出てくるなんて…」
『あり得ない話、じゃないんだよ』
「「!」」
携帯から、声が聞こえた。多能だ。
『だって、現に存在してるじゃないか』
「先生、私はそんな言葉遊びをしたいわけじゃ…」
「いや、言葉遊びじゃない。むしろ、言葉は大切なものですよ」
今度は、頭上から。
「どーも」
「…」
「…ど、どうも」
のぞき込んできたのは、仮面の男。
…見るからに胡散臭い。
「あ、お早いですね八雲先生」
「ういーっす。阿倍野先生も、在原先生も」
仮面は、八雲、というらしい。
テーブルの周囲が、段々奇人変人の集まりになりつつある。
『ああ、来てくださいましたか』
「とりあえずなんとなく状況はわかりましたけど…そちらはどうです?」
『別段パニックにも陥ってませんし、なんとか』
「それはよかったじゃないですか」
「…楽観視はできないけどね」
水城と洋輔、最後の希望。
現れたのは、等身大日本人形とも呼べそうな美女――高殿廻。
「…で、謎解きはまだなのかしら?」
「蒔夜さん。…焦っても事態は変わらないかと思って、まだ…」
「でも、どうやら『向こう』の方々は気づき始めてるみたいだけど」
「…」
阿倍野は、机上に置かれた二つの携帯電話を見た。
そのスピーカーから、流れてきたものは。
⇔
「この世界は、俺たちが考えているほど簡単じゃない」
灸は、語り出す。
「この世界には、未だ暴かれていない、そして暴かれることのない闇が、未知が存在する」
それは、人間の手には負えない代物。
「それでも、その混沌の存在に、人々は昔から挑み続けていた。
精霊使い、魔術師、錬金術師、陰陽師、占星術師…太古の時代より、戦いは続いていた」
そしてある時、一人の魔法使いが、その混沌を操り、利用する力を偶然手にしてしまう。
「『死霊秘本』。
…その本は瞬く間に、イスラム世界からキリスト、ユダヤ世界に広まり、そしてその内容から焚書や発禁、禁書目録への登録が行われていった」
ところが、運命の女神とは、気まぐれな存在であった。
その本の内容は読んだ者の口から口へ、また暗号化されて別の本へ、さらにはあらゆる弾圧をくぐり抜けて、本の形そのままで残ったものまで存在していた。
「その間で、人々は気づいたんだ。…『混沌に名前を与えれば、それは秩序を有した形になる』と」
「まあ補足しておくと、混沌を利用する方法が段々解ってきた、って所かな。魔術体系の基礎が出来つつあったっていっても同じだけど」
縁のフォローに、灸が頷く。
「その基礎を基盤に、世界各地では秘密裏に、今日まで魔術の系譜は続いている。
…まあ、国によっちゃそんなに秘密裏でも何でもない感じがするけどな、イギリスとか」
『…アレイスター・クロウリーですか』
『そうそう。まああれは特例の内の特例ですが』
電話の向こうから、洋輔と八雲の会話が聞こえる。
二十世紀最大の魔術師にして奇人変人と言われた彼は、意外と最近まで存命だったそうな。
「近現代の魔術師、かあ…」
「というより、まだいまひとつ事情が飲み込めないのですが…」
「まま、柳も大地も聞いてろって。まだまだ先があるんだ、この話には」
混沌を屠るために生み出された、魔術。
しかしその根源も素はと言えば混沌であった。
『…『混沌』という話を聞いたことがあるかい? 荘子の寓話なんだけどね。
在るところに、混沌がありました。
彼はあるとき、二人の客人を迎えて、それはそれは丁重にもてなしました。
そこで客人たちは、混沌に対して何かお礼をしようと思いました。
二人はお礼として、数日間をかけて目を、鼻を、耳を…そのための穴を、開けてゆきました。
そして最後に、混沌は死んでしまいました。…』
⇔
「つまり、混沌という本来ならば名状してはならないものに、私達は名前を与えてしまった。
元々が無謀の塊ではあったのですよ、混沌に混沌で立ち向かおうなんて。
最初にこの原理を発見した、例の本の著者は、真昼のダマスクスで混沌に喰われて死にましたし。
…『好奇心は猫を殺す』なんて、よく言ったものですよ」
先ほどまで押し黙っていた在原が、口をつと開いた。
「おかげで人々は、さらなる混沌へと足を踏み入れてしまった。…そこは、泥沼であると知らずにね」
人間による混沌の殺戮、冒涜が呼んだ、新しい世界。
それは光ではなく、闇そのもの。
「人間に対抗しようと、復讐しようと、混沌は人々に危害を及ぼすようになった。
特にその被害が大きかった地域には、様々な鎮神のための建造物が造られることになった。
…ここもそういった場所でしてね、まさにこの校舎が混沌を封じるための構造をしているのですよ」
五角形を描く校舎。
その頂点を結ぶように張り巡らされた呪いは、五芒星を描く。
それは中国の五行思想に基づいた、完全なる封印の魔法陣であった。
「だから、あの森は立ち入り禁止なのです。…一部を除いてね」
「一部…と、いいますと」
「ああ。…彼の森に、定期的に魔法陣を描き直して、それを監査する人間以外」
⇔
「…一発目、始まったみたいですね」
「…」
こくり、と頷く少女に、御仕は温かなミルクティーが入ったポットを差し出す。
「『バベルの無限階段』ですか…」
「…」
黙々と、それを小さなポシェットに入れて。
黒地に金ボタンの、クラシカルなロングコートに身を包んだ静火は、最後にマフラーを巻いた。
まるで儀式めいた、それこそ出陣前の軍人の顔を、彼女はしている。
「…御仕さん」
「? …ああ、もうそんな時間か」
「行ってきます。…普段より、強めに張っておいた方がいいですか?」
「…状況次第だね。君の判断に任せるよ」
「わかりました。…では、行ってきます」
「ええ、気をつけて」
彼女が開いたドアの向こうには、まるで飼い主の来訪を心待ちにしている猫のような、しかし猫にしては大きすぎる動物が横たわっていた。
「…行きましょう、ツァラ」
⇔
ただいま! 帰ってきたよ!
リハビリ的なテンションで文章を書いていくことになりそうなので、更新はかなりちんたらしそうですが…。
とりあえず口調を忘れすぎて泣きたい。がんばるよ!
あといつから私はシリアスラヴァーになったんだろう。おかしいなあ…。
次回辺りに、バベル編は完結させたい気分であります。
[BGM:クラシック諸々(ワーグナーとかアマデウスとかゲルマン系多め)]
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【100-35】旅人
http://sssib.exblog.jp/10780931/
2009-02-02T20:09:51+09:00
2009-02-02T20:10:53+09:00
2009-02-02T20:10:53+09:00
SSS-in-Black
【100 title】
彼は血溜まりに倒れる男女を見、男の方に近寄る。
「しっかりしてください、レオン殿」
右手には杖を抱き、左肩には精霊を乗せて。
メイザスは、重傷を負ったレオンの傷口に手を翳した。
「フク、転送用意を」
「わかった」
フクは主の肩から飛び降り、二人を囲むようにくるくると旋回を始める。
その足跡が円となり、その重なりが陣となる。
一方でメイザスは、手に仄かな光を宿していた。
口から紡がれる言の葉は、どこか異国の響きを湛えて。
「…そうだ」
詠唱を完了させ、右手で光を掴んだまま、今度は杖の先に光を灯す。
――それは、嵐のような凶暴な色をした光。
掌の光とは真逆の力を持っていると、誰が見ても直ぐにわかってしまう。
思いついたように彼はまた唱え始めて、呼応して灯された光も凶悪になってゆく。
「私は、あまり女性の、それも遺体を傷つけようなんて思いませんけど、」
それが契機となって、
「でも、今回ばかりは許してくださいね。…容赦しませんが」
風刃が、弾けた。
彼女の周りで飛び跳ねていた血の魚も、肉の小波も全て巻き込んで。
放たれた魔術は、その遺体をずたずたに裂いてゆく。
「メイザス、『飛べるよ』」
「…。ならば、『飛びましょう』」
フクの編んだ魔術も、主の最後の了承で完成する。
沸き上がる風、吹き止まない風。
怪我人を旅人は庇うように、レオンの巨大な肉体のうち特に胴を守るように、彼は実行を待つ。
司会の片隅には、断片へと姿を変えてゆく人体であったモノ。
吐き気をもよおすようなそれも、彼にとっては別につまらないものとなり果てていた。
「行くよ!」
宣言と同時に、二人は風の球体に閉じこめられた。
風、風、風、風――部屋の中がすべて、風になるかのような勢いで。
精霊は、二人を一気に、目的地へと飛ばした。
――残されたのは、肉を切り刻む風の音ばかり。
…
――それも、いきなりかき消される。
降り立ったのは、一人の少女。
年はまだ若く、黒髪が黒い衣服に溶け込む姿は幻想的ですらある。
彼女は惜しげもなく大気に晒した、黒い編み目模様に彩られた四肢をそっと動かし、跡形もなくなりそうなまでに切り刻まれた血肉の元へと歩を進める。
「やられたのね、『双魚』」
唯一の例外である、絶命したそのままの表情を浮かべた首に向かって。
語りかける様子にも、視線にも悲しみはなく、むしろ憐れみが強調されていた。
それは階級的上位にある者だけが浮かべることを許された微笑。
首を持ち上げ、手を汚す絶え絶えの血潮すら忘れて、少女はひとりごちる。
「でも、貴方のお陰で『獅子』の尻尾が掴めたわ。
これで、また私たちが彼らよりも有利に駒を進められる。
それに…あの男は、何者なのかしらね?」
精霊の使役による転送魔法。
呪文の行使による回復魔法。
意思の使用による攻撃魔法。
全てを同時に、為してしまう程の力量。
「嗚呼…楽しみね、『双魚』」
少し間を置いてから、補うように「だったモノ」と付け加えて。
少女の口から覗いた赤い舌が、まるで蛇のように、艶やかに身震いした――。
+ + + + +
【異国の響き】…正しく言えば「異世界の響き」。メイザスの使う魔術には異世界の律を取り入れたものも存在する。
【少女】…かつてスザクやサイレスに道を示した少女と似ているが、違う少女。
【意思の使用による攻撃魔法】…フクの加護を受けた杖の能力を引き出し、放つというある意味荒技。
久々に(ry
やりたいことができました。
『40』まではさくさくいきたいです。]]>
【Re:MF+】愛しながらの闘い
http://sssib.exblog.jp/10711723/
2009-01-25T20:40:00+09:00
2009-01-25T20:48:00+09:00
2009-01-25T20:40:22+09:00
SSS-in-Black
【Re:MF】
以下、リンクで該当話へどうぞ。下スクロールはきついかも。
【ルサンチマン】
―参謀長と獣馬部隊長
「…だから、ただ飽きただけだ」
【DASEIN】
―「猛犬」と召喚術士、その親衛隊
「早く治るための、おまじないだって」
【Aufheben】
―「狂犬」と狐と鳥
「おい小僧、お前も丸焼きにするぞ」
【あれか、これか】
―暗殺者と楽隊長
「…よめさん、みたいだから?」
【目的の王国】 (上手く飛べなかったらこちら)
―狙撃手と契約精霊
「面白い話をしてあげましょう」
『ファインヤード准将という風変わりな参謀長がいる。
彼の元へこの封書を届け、読み終わり次第即刻焼却するよう伝えてくれ』
それ何てパシリ? と思いながら逆らうに逆らえず渋々と上司からの命令を承る。
しかしそれだけで終わらなかった。
『呉々も、准将に嫌われぬようにな。
あれは元々貴族だった故、下手をすると首が飛ぶぞ』
それ何て死刑宣告? つか要は面倒な用事を押しつけたかっただけですか上司?
『ほら、早く行け』
…はいはい畜生俺が死んでも知りませんよ。
そうなったらきっと、葬列には沢山の女の子が涙を流して参列するだろうに。
それでも見て猛烈に後悔すればいい、上司も例の准将も。
【ルサンチマン】
(きっと俺は、何も知らないことを夢見てる)
「…またお前か」
そんな風に毒づいていたのは少し前のこと。
今となっては、彼の元への遣いがなんだか楽しく感じられる。
別に相手が美人だからとか、ましてや惚れたからではない。
初めて会った時に、『高嶺の花』の振りをする彼が、常人ならぬ存在のようだと純粋に思ったからだ。
「あ、もしかして俺が来るの、楽しみにしてましたか?」
「煩い黙れ」
北方の貴族出身で、それを思わせるような優雅で洗練された物腰(普段の口調は軍隊風で残念だが)。
顔立ちは女のようであり、不思議なくらいに人を惹きつける。
しかし酷く他人を嫌い、必要最低限以上に何も語らない。
従軍するようになり八年、彼と『まともな』言葉を交わせた者は恐ろしく少ない。
「何の用だ、手短に言え」
「うーいっす、いつもの如くですよ」
俺は赤い蝋で封をされた手紙を差し出す。
白い手袋をした手がそれを受け取り、器用に右手袋を口で外して――中指の先を噛み、するりと抜く――、蝋を爪で剥いだ。
文面を見る間も、仏頂面。
「…馬鹿馬鹿しい」
彼は羊皮紙をわざわざ机の上に取り出し、何事か書きはじめる。
どうも、嫌なことがあったらしい。眉間に深く皺が寄る。
「どしたんすか?」
冗談半分、返事を期待せずに聞いてみる。
が。
「実家から出頭命令だ」
「…へ?」
返事が返ってきてしまった事に驚きを隠せない。
しかもかなり個人的な話である。
どう対処しようかと焦るうち、向こうからまた問わず語りに話が進んでゆく。
「私がこちらに来てから一度も帰らないと言って、最近ひっきりなしに呼び出しがかかる」
「あらら。休みもらって顔ぐらい少し出したらどうです?」
「却下」
瞬殺された。
それも射抜かれそうな視線をこちらに流しながら。
家族仲でも悪いのだろうか。そういえば、どうしてそれなりの貴族様がこんなに危険な場所で軍師などしているのだろう。
謎である。
「私は帰りたくないんだ、あんな場所に。
日常茶飯時の騙し合いに飽きた、そう、飽きただけだ」
「はあ?」
「…だから、ただ飽きただけだ」
物分かりの悪い奴め、と冷酷で残酷な寸評。
受け止めて恐々、する間もなく揺らいでゆく状況。
何時になく機嫌の悪い准将は、誰に語る訳でもなく口を動かし続ける。
「貴族なんて、虚構に彩られた存在。
何も生み出さず、ただ搾取することで日々を生きるという愚行。
それでいて、だからこそ、明日を生きていけるかもわからない。
…現に、私の姉は、親しくしていた家庭教師に殺された」
手袋を脱いでも白い手が、細い指が、血色の悪く紫がかった爪が、彼宛の手紙を摘む。
嗜み程度にしか武術も魔術も知らず、その代わりに戦術で身を固めた青年。
何も許さず、何も信じず、何も望まぬ振る舞いの正体。
「姉の死体は無かった。が、寝室に流れていた血は、どう見ても致死量だった。
それから直ぐに家を出た。犯人もとうに消え失せていたから、追おうと思った。
その時の私にあったのは、残念ながら貴族の象徴…金と地位と権力だけ。
幸いにも兵法の知識と軍上層部との知遇があり、ここに入ってからは知っての通りだ。
そして、だ。――私は見つけた」
姉を殺した、犯人を。
「姉は不幸だったよ、愛した者に殺されたのだから。
私は軍の仕事の裏で各地に情報網を張り巡らせ、とうとう奴を見つけだした。
…それも、とても近くに」
手元で燃えていた蝋燭の炎が、差し出された便箋の片隅をちろりと舐めた。
同じように唇を舐めた彼の赤い舌が、艶めいて見えるのは何故だろうか。
それは、その瞳に常ならぬ狂気を見いだしたからであろうか。
紙の焦げ、焼けてゆく臭い。
炎は黒く流麗な文字を、青い花模様の透かしを飲み込み、無へと染め上げる。
「彼は、私に兵法を教えた、張本人――」
その唇が綴る名前に、どうか聞き覚えが無いように。
そう祈ったが、遅すぎた。
(ルサンチマン‐怨恨感情)
【▲】
俺は今、暗殺者ばりに気配を殺している。
さもなくば、殺される。
「あ、ラックルさん」
――残念、死亡フラグが立ってしまった。
【DASEIN】
(…生きて帰れるのかな、俺)
(だめだめサイレスこっち来ちゃだめいい子だから)
「何ですかラックルさん、内緒話ならもっと近づいてから…」
(頼む近づくな! 頼む! お願い!)
「もう、隠し事ですか?」
(わー来るな、来るな、来るな)
ざじゅっ。
俺のへばりついていた壁、丁度頭の真横にあった原形を留めていない張り紙がいきなり発火した。
「ぎゃあ!」
「風君、お願い!」
『…諾』
燃える張り紙はこれまた突然の旋風に圧倒され、吹き飛ばされた。
その正体は、サイレスの使役する精霊の中でもずば抜けて力の強い、「風塵」の風君。
今日もまたいつの間にか、少女のような主君(実年齢と外見が下手すると十違う)を守るように、姉のような立ち位置で顕現していた。
『これで良いですか?』
「ええ。ありがとうございます、風君」
『いえ…あの忌々しい鳥の火の粉が貴女に降り懸からないよう、どちらにせよ私は貴女を守ったでしょうから』
「…」
発火の原因は明らかに、彼女の義兄であるスザク少佐である。
彼の精霊である「戦火」の凄焔は、流石の上位存在、かなりの遠距離に在るものでも寸分違わず発火させることができる。
そしてその凄焔と、サイレスの風君は異様に仲が悪い。
どうもかなり昔に、それぞれの主人二人が仲違いをしたのが原因らしいが、それにしても、である。
今となっては仲が良すぎて脱線しそうな義兄妹の間にも、過去は不透明なものとして存在している。
「…。お怪我はありませんか、ラックルさん?」
そして赤の他人である、俺。
妙な間をおいて不安そうな顔をこちらに向けるサイレスと、問題はやはり厳しい目つきの風君。
サイレスのごく周囲にいる人物や精霊は、悉く俺に対して敵対心を燃やしている。
その点に関しては風君と、凄焔の主であるスザクの意見が合致。妥協を経て『サイレスを守ろう同盟』なるものを結成した様子。
「俺は平気だよ」
「…と言いながら、毛先が若干焦げてますよ」
「へ?」
確かに、何か焦げ臭いと思ったら。
でも髪の毛には神経がないから、痛みなどこれっぽっちも感じない。
それなのに。
「すみません、兄上が…」
焦げた耳元の癖毛。
必死に背伸びをして、優しくそれを掴む。
子供みたいな手だなと思う俺は、きっと状況がうまく飲み込めていない。
――毛先に落とされた、小さく無意識な口づけ。
「ちちょっとサイレス!?」
「だって、兄上は私が怪我をするといつもこうしてくれますよ? 早く治るための、おまじないだって」
(スザク少佐のバカ…むしろシスコン!)
一方で、義兄妹の健全な在り方を問いながら。
…毛先は神経が無くてちっとも痛くないはずなのに。
愛おしさは、苦しいほど感じられるなんて。
「あ、真っ赤」
「さささサイレスだって!」
「…え? や、やだ…っ」
そうとだけ言うと、くるりと小さな背を向けて。
今にも走り出しそうな背中に、
「ありがとな」
「…え?」
「おまじないだよ」
それだけ言うのが、限界だった。
恥ずかしさをバネにして、彼女は駆けてゆく。身長の半分は優にあるひっつめ髪が、ゆるゆると後を追う。
「…。お前は行かないのか、風君」
サイレス、行っちまったぞ。
暫くは「春一番」の天英――やはり彼女の精霊で、実体は只の無邪気な子供――あたりを話し相手にして、熱が冷めるのを待つのだろう。
『…一言だけ、お前に伝えておこう』
それでも風君は動かず、俺を見据えて口を開く。
美女の姿に身を窶しているとはいえ、それはまさしく竜の瞳。
緑の散る、金色の光彩。
『私は、お前が嫌いだ。
凄焔も嫌いだ。あれの飼い主も嫌いだ。
お前達は、サイレスを悲しませる存在だから、嫌いだ。
私は、サイレスを傷つけるかもしれない連中が、全員嫌いだ。
その中でもお前は、一番サイレスに近い場所にいるから、特に嫌いだ。
だから私は、あの忌々しい狐と手を組んだ――あの子を、泣かせないために』
嗚呼、何も言い返せない。
それは至極、尤もなおはなし。
『お前がサイレスを泣かせたら、私達がお前をどうするかはわからない。
たとえお前が死んだとしても、冥府の果てまで追いかけて往こう。
――「猛犬」。
お前に、その覚悟は、あるのか?』
(ダーザイン‐ここに、いま、わたしは、)
【▲】
「あ、スザク少佐ー」
悪寒。
「あれ、無視? むし? けんちゃん寂しくて死んじゃうよー?」
嘘つき。
そういうことを言う人こそなかなか死なないって、経験上、知ってますから。
「それとも、襲われたいのかな、お兄さ」
「いい加減つきまとうのを止めなさい!」
「えー」
「不満は聞きません!」
シッシッ、と…我ながら馬鹿馬鹿しい方法であるが。
それを見て蒼紫犬太郎は、むしろこちらに近づいてくる。
「何してんのさ」
「あなたには関係ありません」
「あるでしょーよ。どうせサイレスちゃんじゃない?」
「な…」
「まあね、僕的にはただの可愛い女の子だけどさ。ああいうのが好みな奴もいるよね」
某銀髪の大将とか、と、それは匿名になっているか微妙ですよ。
「ラックルもそういやねー」
「…」
「はっ! ままままさか少佐も…!」
『おい小僧、お前も丸焼きにするぞ』
もう疲れ果てました、と返事をする気にもなれない私の背後に現れたのは、「戦火」の凄焔。
「少佐諦めないで! 義理なら法的には平気」
『主を侮辱、するなっ!』
蒼紫さんの目の前に、火花が飛ぶ。
…良かった、牽制程度で。
「…で、あなたは何の用事ですか」
「いや特に」
「なら、どこへなりとも立ち去りなさい」
「でもねー」
立ち去ろうとしない彼。
背後にいる凄焔の纏う熱が、上がってきた。
「果たして悲しくさせないだけがいいのかなって、僕は思うけどね」
「…?」
「こう、悲しみがあってこそ強くなる部分ってあるでしょ?
愛おしさと悲しさがぶつかって、生まれるものもあるでしょ?
…無意味に避けるだけじゃさ、うまくいかない気がするんだよね」
そうとだけ、独り言のように呟いて。
「ま、がんばって」
彼の姿は、みるみるうちに遠ざかって行った。
【Aufheben】
(私だって、判っていますよ)
『主』
「…深追いはしなくていいですよ」
『いや…。主はあの竜と違って、純粋に妹君に幸せになってもらいたいだけなのだろう?』
「…さあ、ね」
今の私に出来るのは、あの子に悪い男がつかないように。
そして、執拗な嫌がらせの中でも、あの子を好いてくれる男が現れるように。
…なんてことももしかしたら、あの子を手放したくないからと湧いてきた言い訳に過ぎないのかもしれない。
「行きましょうか、凄焔。そろそろ戻らないとまたシオンさんの機嫌を損ねますから」
『…御意』
うまく逃げて、隠れてごらんなさい。
うまくあの子を射落とせたなら――私も少しは考えましょうか。
(アウフヘーベン‐矛盾の衝突、破壊と創造)
【▲】
ノックをするも、返事がない。
雷王が意を決して楽隊用倉庫の扉を押すと、それはあっけなく開いてしまった。
そして視線の先には、
「…あ」
その身丈のぴったり二倍ほどある楽器の陰に、それを操作しようと奮闘する男の姿があった。
【あれか、これか】
(この世はどうせ、二者択一)
「ノックくらいしろよ、いきなりあんな状態で恥ずかしいじゃないか」
「…した」
「しても聞こえなかったら意味ないって」
「…リュリ、おれが、あれたたくと、怒る」
「そりゃ一度、扉に罅入ったからな」
「…ごめん」
「ああ嗚呼凹まないで! へこまないでいいから雷王!」
椅子に座らせてもあまり視界が変わらない旧知の友を必死に慰める。
傍らから見ているとまるで漫才だが、本人達はこれで必死である。
…嗚呼椅子がみしって言った気がするどうしよう。
「しょうがないじゃないか、雷王は腕っ節が強いんだから…ってだからごめん! 別に虐めてるわけじゃないからね雷王!」
泥沼にはまってゆく二人、主にリュリ。
雷王の方は最近お気に入りの部下を引き抜かれたらしく、ただでさえ少し落ち込み気味なのである。
「もー…わかったよ」
リュリは一度奥へと向かい、直ぐに引き返してくる。
手には年季の入った革鞄。古びた金色の留め具を開くと、赤い敷皮の中に一対のヴァイオリンと弦が現れる。
俺は口下手だからさ、と言いながらそれを構えて、奏で始める。
雷王も第一音が室内に響くと、途端に顔を上げる。
戦場では滅多に耳にできない、弦楽器の透明な音色。
「…」
戦場の主役は、打楽器と管楽器。
遠くまで聞こえて、かつ力強い音の出るそれらはまさに戦場の花。
だが、リュリが本当に愛しているのは、弦楽器――それも、この小さなヴァイオリン。
戦場では音が響かないからと、敬遠されるそれが、彼の専門であり相棒であった。
しかし、有翼人種であり、魔物に近い立場に立たされた彼が生きるためには、楽器を武器に戦場へと赴かなくてはならなかった。
自分の趣味を取るか、或いは軍楽隊員の一人として役目を全うするか。
(『あれも、これも』はただの幻想)
(『あれか、これか』しか僕らには許されない)
彼はトランペットを手に、戦場を駆け巡った。
その姿が、味方には幸運を、敵には神の迎え――平たく言えば死――を運ぶ、天使のように映ったのかもしれない。
力がモノを言うこの世界で、彼は気づけば隊長の地位にまで上り詰めていた。
そして慰安部隊にいた歌唄いの少女を嫁に貰い受け、彼女との間に五人の子をもうけて、今に至る。
『あれか、これか』のこの世界で、彼は今日も選択を迫られる。
「…戦場で弾けないかな、って思ったんだ」
「…あれ、を?」
演奏が終わり、こぼした言葉。
雷王が指さした先には、例の巨大な弦楽器。
「うん。でもさ、無理だよ」
「…目立つ、から?」
少しまた暗そうな大男。そうだ暗殺関係者なのに筋骨隆々で目立つのを気にしていたんだっけ。
…どうも禁句、あるいはそれにつながる発言が多いなと反省しながらリュリは応える。
「それもあるけどさ。
…弦楽器を、戦場に連れていくのが怖くなった」
「…よめさん、みたいだから?」
「ああ…って雷王、何勝手なこと言ってんだよ! そそそそんなことないんだからなまったく!」
「…図星、だ」
無駄に焦るリュリを見て、ようやく素直じゃないなあと笑う雷王。
リュリが少し年上の少女に惚れてから、結婚して子供が生まれるまで、どうやって彼が彼女を口説いたかはわからない。
こんなに素直になれない彼を、ちゃんと受け入れて付き添っていて、それでいて幸せそうな奥さんの笑顔を、雷王は思い出した。
それもきっと、『あれか、これか』の決断の結果。
「リュリは、ほんとに、ベルさんが、す」
「好きなんかじゃない! つか言うな!」
「…真っ赤なリュリに言われても、説得力、ない」
「わあぁぁぁぁぁぁ…」
このままじゃ悶死、もしくは恥死してしまいそうな長年の相方。
彼はいきなり雷王に向き直ると、
「帰る!」
と高らかに宣言。
…実際に帰ろうとしたのは、ヴァイオリンの後始末と手入れを几帳面に行ってからであったが。
倉庫に鍵をかけて、歩幅の広い雷王に追いつかれまいと必死に歩く、夕焼けの道。
「雷王」
「…ん?」
「夕食に、招待してやる。…お前の好きな『おさかな』料理だ」
「!!!」
おさかな! おさかな! と無邪気に喜ぶ三十路過ぎの大男。尻尾が嬉しそうに跳ねている。
「かわりに! …その、言うんじゃないぞ」
「…なにをー?」
少し悪ふざけでも、してみようかな。
『あれか、これか』の天秤は、リュリをからかう方へと傾く。
解っている、彼の望むことなんて。
「…雷王」
あ、怒る。
すかさず、フォロー。
「きょうは、リュリがつくるの?」
「ああ。…あいつ、また子供が出来たみたいで、悪阻起こしててさ。自分からじゃ言わないから俺が…」
「リュリ」
「は?」
「…リュリは、ベルが、大好きなんだね」
ねえ、リュリ。
その顔が赤いのを、夕焼けのせいにしたらどうかな?
(あれか、これか‐逃れられない決断)
【▲】
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【Re:MF+】愛しながらの闘い
http://sssib.exblog.jp/10711751/
2009-01-25T20:39:00+09:00
2009-01-25T20:42:56+09:00
2009-01-25T20:42:56+09:00
SSS-in-Black
【Re:MF】
考えごとをしていたらしい。
いつの間にか、小さいとはいえ蜜酒を一瓶空けてしまっていた。
目の前には、くるくる回る風車。
「…君は何をしているんですか?」
「うーん、いたずらかな?」
「かな? って、フク…」
「…目、回ってる?」
「…。まあ、言われてみれば」
「よかったー」
くるくる回る風景の中に、彼は笑っていた。
柔らかな黄色の髪から、二本の耳が生えている。
ふさふさとした尾を揺らしながら、彼は普段はいつもこんな調子だ。
本当に戦場での形相と実力を疑いたくなる、精霊――「風車」のフク。
こうして子供の姿に変化し、子供の様に笑っているのは、どういった理由からなのだろうか。
「フク、面白い話をしてあげましょう」
「うん。…でも、かんたんにね? 今のメイザス、お酒くさいんだもん」
「よしよし」
苦笑。こうして一直線に理由を言うのも、子供らしい。
でも、風車をポケットに仕舞ってくれたのは有り難かった。視界が段々安定してくる。
「昔々、戦争がありました。
ある隻眼の将軍は海で戦い、自国を勝利に導いたにも関わらず、流れ弾に当たって死んでしまいました。
彼の死体を乗せた船が彼の故郷に着くまで、長い時間がかかりました。
その間に死体が腐ってしまったら大変だと、ある船員が将軍の死体を蜜酒で満たされた酒樽に入れました。
その話が広まるにつれ、強かった将軍の力にあやかろうと、沢山の船員が、こっそり酒樽から酒を飲んでいきました。
そして船が故郷に着いた頃、酒樽の中の蜜酒は、すっかり空っぽになってしまっていたそうです」
「…うわあ」
あ、少し嫌そうな顔。
当たり前と言えば当たり前かもしれない。
だって、船員達は死体の漬けられた酒を、そうと知りながら進んで飲んでいたのだから。
「ぼく、もう蜜酒飲めないや…お酒は飲まないけど」
「なに、これはただの伝承だから、気にしなくても平気ですよ」
「…気にするよう」
しかもメイザス、さっきまで蜜酒飲んでたでしょ? よくそんな話ができるよね。
――目で訴えてきた文句が、手に取るように理解できる。
普段のフクはもしかしたら、こういった少し毒のある話が苦手なのかもしれない。
「…。まあ、この将軍は幸せだったでしょうね」
「?」
だったら、普段の彼用に、話をまとめればいい。
「だって、彼のようになりたいという『目的』が、このような行為を導いたのだのですから」
「…」
「フクは、例えば私がフクのために焼き菓子を焼いたら嬉しいでしょう?」
「うん。…油揚げの方がもっといいなあ」
「はいはい。でも、つまりそれと同じことですよね?」
自分が、無個性な『手段』ではなく、人間らしい『目的』として扱われる世界。
そんな世界を理想とした思想家は、肖像画の青いきらきらした眼が印象的だった、果たして彼だろうか。
薄ぼんやりとした記憶に拍車をかけるよう、蜜酒がほの甘い霧を脳裏にかけてゆく。
「…メイザスも、自分が『目的』にされたら、うれしい?」
「ええ。…まあ、『手段』にされたとしても、相手にされてる分だけ嬉しいですが」
「ふーん」
そうして何やら考え込むうちに、若干瞼が落ちてくる。
フクも私も『目的』にして、睡魔は等しく襲いかかる。
(ここで寝て風邪でもひいたら、少なくとも二日酔いでもしたら、ややこしくなるでしょうね…)
落ちる幕の裏に、まず浮かべたのは例の指揮官。
このままでは夢見が悪くなる、と振り払い、思い出したのは、
(…嗚呼、またか)
冷えた部屋の寝台から溢れて湯気を上げる血の触感。
彼女は破滅を殺す『目的』だったのか、或いは世界を生かす『手段』だったのか。
その綺麗な、死を受け入れた顔が、微笑むのを止められなかった。
彼女は、私を愛していたのだろうか?
『目的』という贅沢は言わない、せめて私は彼女の中で、『手段』であれたのだろうか。
――それすら贅沢だと、世界は私を赦さないのだろうか。
地の底から沸き上がるかのような笑い声で、目が覚める。
誰の声かと思う間もなく、視界に飛び込んできたのは、一輪の風車。
風もないのに静かに回っているのは、精霊の作ったそれだからであろうか。
(…そういえば、風車は子供の象徴でしたっけ)
異国の祝いで、ある一定の歳になった老人に風車を持たせるというものがある。
その島では、その歳になると老人は子供に戻るとされている。
(だから、あなたは子供なのかもしれませんね)
長い生涯の、嫌なことを全て忘れて。
無垢な魂を保つために、彼はそう名乗り、それを信じる。
世界には、あまりに辛いことが多すぎる。
乗り越えるか、迂回するかは、自分次第。
(フク、)
【目的の王国】
(私は君をいつか、世界を乗り越えるための『手段』にしてしまうかもしれないね)
(目的の王国‐全ての人間、人格を尊重する理想社会)
【▲】
【反省会】
(…しかしあまり反省はしていない)
とりあえず、タイトルと話の軸にあるのはいろんな思想です。
つか、タイトルに思想ネタを使ってみたかった。誰が誰でしょうだけど。
結構有名な言葉や著作タイトルなので、わかる人はわかるのかも。
ただ最後の『目的の王国』は意味を正しく理解してなかったらスミマセン ←
とにもかくにも! まずは「小ネタ投下おk?」という打診に快くGOを出してくれたさもうどん。
君の妄想が私をここまでやらせちゃいました。あと口調とか間違ってたらごめんなさい。
そして皆様へ…ここまでよんでくださり、ありがとうございました!]]>
【Re:MF】初戀 -...the Plan is-
http://sssib.exblog.jp/10711520/
2009-01-25T20:17:00+09:00
2009-01-25T20:23:20+09:00
2009-01-25T20:17:21+09:00
SSS-in-Black
【Re:MF】
「わかってます。《魔王》と《女神》でしょう?」
「読まれてたか」
「わからなくて当然の話ですからね。
いわゆる、あの世界の創世神話とよばれるものの断片です。
簡単に掻い摘んで話せば…
昔、むかし…
世界は《女神》《魔王》《龍帝》、そして数々の精霊により形作られました。
ところが《女神》と《魔王》の理想は相反するもので、戦いになってしまったわけです。
《女神》率いる精霊と、《魔王》率いる精霊。それぞれが後に、天使と魔物の起源となります。
中立の《龍帝》は、どちらにも属さない弱い存在を守ることにしました。これが人間のはじまりです。
…終わらない戦乱は、それこそこの世界の滅亡によってしか、終結しないかと思われた時のこと。
二柱の《名も無き神》が人知れず降臨し、《女神》と《魔王》の元へと向かいました。
そしてその魂と躯とを切り裂き、別々に封印したのです。
《女神の魂》は空の頂に。《魔王の魂》は海の底に。
破壊できず残った躯も封印し、人の形をした《器》として、人の世界に隠してしまいました。
《器》は転生を続けるものの、それは人の世界での話。《魂》と出会うことは絶対にない。
それでも万が一のことを思い、《名も無き神》らは人の世界で共に転生し続けることにしました。
また《龍帝》も監視役ということで、転生の道を選びました。
…ですが、《女神》と《魔王》の戦いは、残念ながらその後何度か起こってしまいました。
そう――これは単なる伝説ではなく、史実なのです。
あの世界に生まれ落ちた者は必ず、この話を何よりも最初に聞かされて、何度も何度も繰り返し、その子が話を覚えるまで語られ続けます。
私も例外ではなく、この話を寝る前に何度も何度も耳にしました。母の口から、父の口から、数え切れないくらいに。」
「だけど…わからなかったのか、自分がまさに《器》だってことに」
「ご名答。…あの時になるまで、私は普通の人間として生きていたのです。が、あの時から私は変わってしまいました。
…私は《器》、この躯は《女神》の所有物だったのだと」
†
ある巨大な存在の末端は、感情を持っているのか否か。
むしろ私たちのいう、こころ、は…どこにあるのだろうか。
古の時代からある疑問を、私はそこで抱いていました。
私は、私が、本当に彼女を愛していたのか。
敵対する《器》として、さだめとしてではなく、惹かれていたのか。
その前に――あの感情は、愛であったのか。
あるかないかの月がゆらゆらと揺れて、予言の成就が近いことを告げました。
月、星、そして太陽はむかし、《龍帝》が《女神》と《魔王》の仲を取り持つために贈ったのだといいます。
…私にはそれらがまるで、《龍帝》自身の瞳のように思えました。監視役として、常に人間の世界を視ているのだと。
何をしようと、世界は止まらない。すべては移ろい、消えてゆく。
私は祈りました。一心に、ただ、彼女のためだけに。
何故なら、あまりにも彼女は《器》として脆すぎ、ゆえに美しかったのです。なんとしても、無駄だとわかっていても、救いたかったのです。
ですが、理解していたのです。
かつて、私は私を守ってしまった。
だから、今度は彼女を守らねばならないと。
それが、例え耐えられぬ痛みを伴う選択であっても。
つまり、
「…愛してる」
銀色の弾丸で、《器》を破壊し彼女を助けること。
彼女を《魔王》ではなく人として、送り出すこと。
同じ『最期』ならば、私が背中を押してやること。
――わかってしまったのです。
先延ばしをしても、さだめは変えられないのだと。
必ず私は、《女神の器》として…彼女を愛する一人の男として、彼女を殺さねばならないのだと。
決意を言葉にすると、想いは透き通っていきました。
繰り返し、繰り返し、狂ったようにそれだけを伝え続けました。人形のように動かない、呼吸だけを続ける彼女に、囁き続けました。
理由もなしに、誰かを好きになってしまったら、受け入れるしかないのです。
それが、さだめ。――最大多数の人々が、最大の幸福を受け取るために、誰かが仕組んだ舞台の脚本。
《女神》がいて、《魔王》がいて、《龍帝》がいて、《名も無き神》がいるならば、語り手がいないとどうして割り切れよう?
私は彼女を愛した。それだけが変わらず、また変えられぬ真実だとしたら…現実は、自ずと浸透してゆくのです。
窓から射す月光が、約束を連れて紅くなる。
じきに彼女が、彼女ではなくなる。
――私は、撃鉄を下ろしました。
それから、隣室にいた団長が飛び込んでくるまでの記憶は朧気です。
私はそれまでに、二つのことをしました。
一つは、《魔王の魂》の再封印。
逃げだそうとするそれを捉え、躯の底から沸き上がってくる言葉に身を任せ、気づけばそこには黒猫がいました。
…私がかつて飼っていた、あの、黒猫。しかしその姿は、少しずつ変化してゆきました。
お気づきですか? …これが、フィフィの誕生の瞬間なんです。
フィフィは体内に、《魔王の魂》を封じている。彼女は魔、そのものなんです。
それから、もう一つ。
今際の瞬間に…《魔王》ではない彼女が、ふと意識を取り戻したのです。
ほんの一日前、刺客の影に恐怖していた彼女が、帰ってきたのです。それこそ、あの時と同じ場所で、同じ体勢で。
―メイカ。
ひゅるひゅると、生命が消えてゆく音。それでも、焔は最期の最後まで、煌めくことをやめようとしない。
開いた瞳は、初めて出会ったあの時と同じ、虹のように鮮やかに輝く…硝子色。
私は、もしかしたら彼女よりも、死を恐れていたのかもしれない。
私は…道連れになってもよいと、思いました。
生者の世界と亡者の世界との間には、たやすく行き来ができないよう、世界と世界を隔てるような広く大きい川が流れているのだといいます。
もし女性は死ぬと、その川を『自分が初めて愛した人物』に背負われて渉るという伝承がありまして――ふとその記憶が、甦ってきたのです。
私は果たして、彼女を向こう側へと連れてゆけるのか…私は彼女を愛していたとしても、彼女は私を愛していたのだろうか…私は、彼女にふさわしい人物だったのか。
止めどなく迫り来る不安が、押し寄せる苦痛が、荒れ狂う流れとなって私に襲いかかりました。
―ナカナイデ。
血の気を失った唇を読んではじめて、私は泣いていることに気づきました。
彼女の声は本当に小さくて、話さなくてもいいと宥めても従わず、衰弱してゆく様子がありありと見受けられました。
私は語りかけるべき言葉も見失って、ただ、ただ、彼女を抱きしめていました。
血の温もりだけがそこにはあり、氷のように、四肢が、肩が、背中が…全身が徐々に冷えだして、私は更に嘆きに暮れました。
―ネ、ナカナいデ。
彼女は私の頬に、その血に塗れた白い手をのばしました。
泣き笑いのような表情で、私だけに、語りかけてくる。
―アりがトう、このセカイを、スくってくレて。
メイカなら、まちがワないって、おモってた。
窓際の黄色い花が、ひらりと、花弁を血溜まりに浮かべました。
点々と黄色く、跡切れ跡切れに紡ぎ出される、言葉の断片。
残された時間は、僅かであると…噎せ返るような花の香りに包まれて、私はまた、涙をこらえきれなくなりました。
―メイカ、わたしも、ネ…
もう、手を伸ばしていられるだけの力も、尽き果てて。
私がみっともなく泣きじゃくっているのに対し、彼女が最後に浮かべたのは、笑顔。
―あ、い、し、て、る。
†
「私は放心状態のまま、罪人として裁かれることとなりました。彼の世界では、同族殺しは例外なく死罪…仲間である存在を殺す事は、何よりも重い業となる」
「じゃあ、あんたは…」
「当たり前ですけど、脱獄しようなんてこと、思いつく気にもなりませんでしたよ」
「…ということは、裁きは受けたんだね」
「ええ…でも、刑の執行までには少々時間がありましてね…」
†
私は、牢屋に入っていました。
場所は、あの村の近く、傭兵団の拠点があった国の隣国…ファンダーシャン王国。
陽当たりの悪いあの監獄が、私の最後の場所となるのだと、ずっと信じていました。
彼女が事切れた時、私も死のうと思ったのです。が、丁度その時に見つかってしまいましてね。
話を聞く限り、血の臭いに頭がおかしくなったんじゃないかと思われるくらい――私はまだ、泣いていたそうです。
彼女の名前を、一心不乱に叫びながら。
だから気づいたら、あの狭い部屋に押し込められていたのです。
外界とは一切の連絡手段を絶たれてしまいまして、弟にさえ、何も言えず…。
私は恋人を殺した狂人として、収容されていました。
さて…その噂を聞きつけてか、否か。
執行の前日に、面会を望む人物が現れましてね。いえ、きっと以前にもいたのでしょう。でも、普通はこんな人間と会おうなんて、門前払いを喰らうのみ。
だからきっと、特別な誰かなのだ…という当たり前のことも考えられないくらい、私は、彼女の後を追うことばかり思っていたのです。
最期の言葉が繰り返し、くりかえし、頭の中に響き渡って…残された時間を、これからのさだめを、私は、どう扱えばいいのか…持て余していたのです。
来客はそんな中で、邪魔なようで、嬉しいようで…現れたのは、フードを目深に被った男女の二人組でした。
―《女神の器》、だな。…久しぶり、とでもいうべきだろうか…。
―いや、わかんないから、きっと。第一、どこを基準とした「お久しぶり」?
―俺はこの前、暗殺失敗した時に一方的に。
―…覗き、変態、ダメ、絶対。
―…シめるぞ《猫神》…いえなんでもありませんすみません。
目の前で漫才を始める以上に、私には引っ掛かる点が幾つかありました。
私でさえ最近知った《女神の器》であることを、何故彼らが知っているのか。
いや、暗殺者であった彼らが、何故誰よりも早くそのことに気づいたのか。
そして《猫神》――すなわち、《名も無き神》の、片割れ。
―もう、だめじゃないハウンド。こんなにあっさり正体明かしちゃって…。
―…ごめんなさいロラルド様。
―わかればよし。で、《女神の器》…メイカ、だったっけ。
大事なことを、伝えに来たわ。
彼女は、それを彼女と呼んで良いのかは分かりませんでしたが、手短に語り出しました。
彼らがそれぞれ《犬神》《猫神》の二柱であること。
彼らは《魔王》の復活を阻もうとし、果たせなかったこと。
そして結局、その役目が《女神の器》である私へと還ってしまったこと。
―ごめんネ、辛い思いをさせて。
問題は、その後でした。
…どうやらさだめは、私を、簡単に殺してくれないようなのです。
―執行は明日、痛くはないはずよ。
―痛いも何も、それすらを凌駕した状態の方が正しいかも知れない…もしかしたら、痛いのかもしれない。
―でもね、残念ながら逃げ出すことは出来ないわ。
だって、それは、さだめなのだから。
…言い返すだけの間もなく、二人は足早に去っていきました。
―ああ、そうだ。君の弟なら、俺たちが引き取った。安心して、旅立ってくれ。
その言葉だけを、やはり返事を待たず、置きみやげにして。
私はその晩を奇妙な心持ちで過ごし――だって、明日にも私は殺されるに近い仕打ちを受けるのですから――、お陰で朝はあっという間にやってきて、あっという間に二人の兵士が私を牢から出しました。
「こちらへ」
そうして十数分ほど歩き、辿り着いた長いながい螺旋階段の果て、最終的に通された場所は暗闇。
その中央に、ぼう、と巨大な魔法陣が。さらにその中央には、蒼い玉を戴く台座が。
そこから幾何学的な模様が広がり、最後には二つの三角形を組み合わせた星が結ばれていました。
美しい…あの時、そう思えればよかったのですがね。何せ魔術は完璧なものを基盤とし、模倣することが第一ですから。
そこには既に、九人の人間がいました。魔法の原動力となる力を支配する者たち、あるいは、執行人が。
私は魔法陣を突っ切り、奥にある小さな別の陣へと連れていかれました。横切るときに、魔法陣の支配者たちの顔も見えましてね――王国の将軍七人と、国王とその后。
そのうち一人に、私は見覚えがありました。少し外れた場所に立つ、青い瞳をした青年に。
私がこの城に移送された時、そこの小さな裏庭を突っ切ったのですがね。裏庭というよりは、何の手入れもされていない、裏口の森のような場所でしたが。
唐突に小さな、柔らかな金髪をした二人の子供が、路とはいえないような路に差し掛かったのです。
全身泥だらけで、きっとあの森の中を探検でもしていたのでしょう。鬱蒼とした森では、いつでも湿気がまとわりつきますから。
その二人を追いかけて、現れたのが彼でした。幸いにも、拘束具は手枷だけでしたが、声なんてかけられませんでしたし…あの三人組が何者かなど、全くもって解りませんでした。
ただ、着ている服は、殊にその青年の簡素でいても扱いやすそうな武具などは、随分と仕立てのよいものでしたがね。その程度しか、わからないのです。
――あの二人の子供が王位継承権第一位の王族であり、亡くした国を取り戻すという偉業を成し遂げるなんて、その時になるまでわかりませんよ。
「…罪人、メイカ・リリアス、前へ」
青年は淀みなく言いました。
「『同族殺し』、及び『魔王殺し』の罪により、これより貴公に『流転の刑』を言い渡し、執行する」
あのときの二人組の言ったとおりに。
私は一瞬で殺されるのではなく、じわじわと時間をかけて殺される。
それを確信した瞬間、私の心には奇妙な浮遊感が生まれていました。
悲しいとか、苦しいとか…そのような感情ではなく、また絶望でもなく、希望でもなく。
私に許された荷物は、ひとつだけ。
昨日の《犬神》《猫神》がこっそりあの村から回収し、牢屋番に「絶対持たせろ」と脅して預けておいたのだという、小さな黒猫――フィフィ。
しかし、それ以外には何もない。ほぼこの身一つで、どこかへ放り出される。
しかし、どこへ? …それだけは、あの二人組も教えてくれなかった。
だからこその余裕だったのかもしれません。きっとあの地点で行き先がわかっていたら、短絡的な私は是が非でも死のうとしていたでしょう。
「罪人、言い残すことはあるか」
何を今更、と思いながら、私はゆっくり肯きました。
青年の、空より高い蒼の瞳を見据えて、ただ一つだけの心残り――弟への伝言を告げました。
「…確かに、言付かった」
その言葉と同時に、全ては、動き出しました。
†
「…やっぱり、痛かったのかい?」
「いえいえ。むしろ、大量の酒を一気に煽った感触に近いかな? あの時のことは、お陰で殆ど覚えていません」
「…良かった、と言うべきかねえ」
「まあ、そうでしょうけどね」
†
気がつけば、私は不思議な『空間』に居ました。
まるでずっとそうしていたかのように、騎士が主君に忠誠を誓うかのように、膝を立てて、座って。
主君の右手には白い『鍵』、左手には白い外套。
それらを私に渡したのは、『門番』を名乗る存在…新しく、そして一生関わることになる主君、でした。
「名は、メイカと言ったな」
「はい」
まるで、旧知の仲のように、口を開く。
そう言ってから、おかしいな、と思うような感覚…《女神の器》が《私》の代わりに返事をしているのだと気づいたのは、少し後のことでした。
さて、『門番』は私の目の前で笑っていました。
「面白い」
「はい。…はい?」
「実に面白い、その名前は。まさに『世界の断罪者』に相応しい」
笑う『門番』と呼ばせる者。戸惑う『断罪者』と呼ばれた者。
機械的な返答が果たして彼の何を刺激したのか、皆目見当がつきませんでした。
それに気づいてか、気づかずか。
「ある世界には、その名と同じ音をもつ言葉がある。
その意味がしっくりと馴染むのが、不思議で堪らない」
彼は私の手から外套を引き戻し、その襟元を指でなぞりました。
軌跡を描いて浮かび上がるのは、漣のように揺れる文様。
その文様の表すものこそ、きっと、
「“The Maker”…『創造者』、即ち、」
ばさり。
投げ返された白い外套に、視界を遮られて。
私の意識は、新しい次元へと向かいました。
『世界の断罪者』として、世界を壊しに行くために。
「…メイカ、お前は、『神』を名乗る者なのだよ…」
何もない、孤独の待ち受ける途へ。
†
「…それからずっと、私は様々な世界を廻っていきました。流転、放浪、どうとでも言えますよ。
目的のない旅路を繰り返すうちに、最初は彼女のことを忘れられるかと思ったのです」
「…」
「…あら、寝ちゃいましたか。まあ疲れてるでしょうし、お酒も入りましたし、刺激的な話は最初だけでしたし。
まあ私が気持ち悪いので語らせていただくと、最初の『世界』に飛ばされた後、私はある人物と知り合うことになったのですが…」
「おい、何を一人でぶつぶつやっている」
「あ…クラウスさん。いや、クレオさんに昔の話をしていたんですよ」
「本当か?」
「ええ。…昔出会った、あなたととてもよく似た人の話を、ね」
†
様々な『世界』に向かう度、私にはひとつわかったことがありました。
『世界』は無秩序な存在ではなく、まるで一本の木から生えた枝のように分岐し、どこかで繋がっているということを。
故に、私は『よく似た、でも違う存在』と出会うことが多くなりました。
といっても、必ず行った先の世界で出会う、ないしは巻き込まれる、助力する、とにかく関わることになる人物は、一人だけ。
銀色の髪に、硝子のような繊細な色彩の瞳。
壊れてしまいそうな細い身体、そして何よりも、誇り高い魂。
私が愛した彼女の名前は、『カナデ・アルディロード・ファインヤード』。
私の目の前にいる青年の名前は、『クラウス・ファインヤード』。
…ええ。彼こそが、『この世界の彼女』なのです。
――愛はさだめ、さだめは死。
変えられないと思った運命は、やはり変えられていないのかもしれない。
それでも、私は歩き続けよう。
『彼女』の思い出と共に。
†
もう何も語るまい。後編。
ちなみにタイトル元ネタだけ書いておきますと、
『愛はさだめ、さだめは死 』(ジェイムズ・ディプトリー Jr./ハヤカワ文庫SF)
でごわす。気になる方は検索をと言いたいのですが虫が駄目な方はご遠慮下さいな。
ではでは、お待たせした上無駄に長くて失礼しましたー。]]>
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