小ネタ書き散らし用。


by SSS-in-Black

カテゴリ:【School】( 7 )

「梨乃さん」
「なあに、もしかして大地君と連絡ついたの?」

寮で生活する生徒は、ざっと百人ほど。男女比は半々といったところか。
その生活を慈愛の微笑みで見守り、時には厳しく諫めながらも、切り盛りしてゆくのが寮母である坂口梨乃の勤めだ。
だが流石に、食事だけは一人では賄えない。というわけで、食堂では何人かの人影が立ち回っていた。
そのうちの一人、暗い天然の赤毛を軽く一本に結った青年と目が合い、葵はらしくもないが動揺してしまった。この学園の住民達は基本的に整った顔立ちをしているため、慣れたというのもおかしい話だが。
格好良かったり、逞しかったりする同性には、確かに憧れる。が、それをも凌駕した女性的な、更には中性的な要素というものに対しては、憧れ以上の反応を示してしまう。

「こら、遊ばない。
 …で、どうしたの?」
「あ、はい。多能先生が、電話をかけてもらいなさい、と」
「?」

これだけでは、わからない…葵は重大なフラグをまだ立てていなかった。
それに気づいたから良かったものの、一歩間違えば何処かの歯車が途端に狂い出しそうな行為。
果たして彼らが何により、何を思っているのかはわからない。でも、電波により繋がった『向こう側』は、まるで戦地のような鋭い空間。
きっと、想像を絶するような何かが起こっている、はず。
こんなにも暑い、熱い部屋であるにも関わらず、薄い背中に滴る汗は氷の如く。

「『メメント・モリ』って言えば平気だって…」
「…。時間になったら食べさせはじめていいわ、私は抜けます」
「了解しました」

青年の応答を背中で受け止め、梨乃は葵の手を取り――むしろひっ掴み――食堂を後にする。
向かうは生活棟の心臓部、一階に設置されたカウンター。
小さな事務所のような佇まいが、その奥に確認できる。

「初日から大変ね…っと」

白いボディの、いわゆる職場にある電話。
プラスチックの無味乾燥さに手を伸ばす、くるくるのコードが持ち上がる。

「連絡先と内容は」
「事務室に、一般教科棟と生活棟の間にある階段の封鎖を…と…」
「? どうかしたかしら」
「いえ、あ、あの…」

葵は当惑していた、彼女のすぐ脇で。
それはきっと、高一にもなって手を繋がれている件について。
またそれが、あまりにしっかり握られている、むしろ手放す気すらない件について。
疑問と相談の渦巻きが、ぐるぐると言葉にせずとも伝わってしまったのだろうか。

「あのね、こんな場所で悪いけど…可愛い男の子って、宝だと思うのよ」

コール音が切れたのも、丁度、狙ったかのようにそのタイミング。
なんともおいしい賢母であった。





「はい、事務です。…ええ、はい…」

彼女はボールペンでささっと何事かを書き連ね、目の前にいた女性にそれを差し出した。
只今、軽くお茶の時間。事務のカウンタ、受付窓の中と外。
中から差し伸べられたのは、桜色のメモと桜形の茶菓子。
それらを外で受け取ったのは、等身大の日本人形。
まだささやかに湯気が揺れ、鼻腔を擽る日本茶の芳香。

「…ん。わかった」

ひらりと手を振り、了解の合図。
それに返して、深窓の令嬢。

「今、高殿先生が現場に向かわれました」
『ありがとうございます、東海林さん』

東海林流と、彼女は名付けられている。
そのせいか、目に留まるのは丁寧な仕草。ひとつひとつが流れるように。
どこまでも明瞭な水面の輝き。何も歪めず、伝えきる者。

「じゃあ、また何かありましたら」
『はい、ではでは』

どうやら酷く急いだ様子、彼女らしくもない切り方。
それには全く気を留めず、流はふいに長く息を吐く。
とうとう、きたのか。
川の全貌も見渡せぬ侭、遂に探検は始まった。





男が一人、男と言っていいのか怪しい人物が一人。
二人並んで、凸凹と。…ご察しの通り、凹の方は晴章だ。
トレードマークの黒いマントに身を包み、掛けた眼鏡は猜疑に曇る。

「…もう」

まるで子供が、駄々をこねるかのように。
ないしは、それを見咎める母親のように。
彼は明らかに怒っていた、ぷりぷりと。このあたりが彼が彼たる由縁である。

「まあまあ、阿倍野先生」
「そういう在原先生も、腹の中じゃ何考えてるかわからないじゃないですか」

さて、凸な男なのである。
晴章と比較すれば、当たり前だが背丈は高い。しかしそれを抜きにしても、なかなかな長身の持ち主な様子。
ぱっと見、そしていくら観察しても、聞き出さない限り国籍が不明な外見。西洋とも東洋とも、色では白黒つけがたい。
そちらにばかり気をとられ、黒いスーツの上着の丈が、やや長めだという事実に気づく者はどうやら少ないようだ。

「あはは、ありがとうございます」
「…ほめてませんってば」

ナイスツッコミ。
ありわら、と呼ばれた男はからから笑う。

「いいじゃないですか。女にうつつを抜かした男ほど、外部から頼れない奴はいませんよ」
「でもそれは、男に限らずね」

待ちかまえていたのは日本人形。
黄色の系統で染められたエプロンは、更にその上から幾重にも模様が重ねられている。

「高殿先生じゃないですか。…仕事帰りで?」
「ええ、単純な結界を張りに」
「ご苦労様です」

ぺこりと小さいのが礼をすれば、マントがくにゃりと可愛く揺れる。
よしよしと大きいのが撫でようとすれば、マントの奇妙な所が伸びて、それをぺちりと叩いてみる。
…思考の中身が云々、以前の状況だ。

「まあね。でも、しがない一美術教師としての責務を果たしたまでですよ
 お二人はこれからどちらへ?」
「ちょっと食堂まで。一緒にどうです? 面白いものが見られるかと」
「面白いものねえ…」

高殿廻、年齢不詳の日本美女。
彼女の視線の先には、何故それを浴びせかけられたかわからない阿倍野。
大丈夫、君は十分面白いものだ。

「…行きましょうか」
「はい」





「『バベルの無限階段』、かあ…」
「ええ。…私としては、まだ存在が掴み切れてないんだけど」

こちらは待機組。
かかったままの携帯を机上に、水城と洋輔は食堂の一番端の席に座っている。

「確かにね…元はといえば、それこそ神話の出来事だし」
「そうそう。それがいきなり、こんな日常に出てくるなんて…」
『あり得ない話、じゃないんだよ』
「「!」」

携帯から、声が聞こえた。多能だ。

『だって、現に存在してるじゃないか』
「先生、私はそんな言葉遊びをしたいわけじゃ…」
「いや、言葉遊びじゃない。むしろ、言葉は大切なものですよ」

今度は、頭上から。

「どーも」
「…」
「…ど、どうも」

のぞき込んできたのは、仮面の男。
…見るからに胡散臭い。

「あ、お早いですね八雲先生」
「ういーっす。阿倍野先生も、在原先生も」

仮面は、八雲、というらしい。
テーブルの周囲が、段々奇人変人の集まりになりつつある。

『ああ、来てくださいましたか』
「とりあえずなんとなく状況はわかりましたけど…そちらはどうです?」
『別段パニックにも陥ってませんし、なんとか』
「それはよかったじゃないですか」
「…楽観視はできないけどね」

水城と洋輔、最後の希望。
現れたのは、等身大日本人形とも呼べそうな美女――高殿廻。

「…で、謎解きはまだなのかしら?」
「蒔夜さん。…焦っても事態は変わらないかと思って、まだ…」
「でも、どうやら『向こう』の方々は気づき始めてるみたいだけど」
「…」

阿倍野は、机上に置かれた二つの携帯電話を見た。
そのスピーカーから、流れてきたものは。





「この世界は、俺たちが考えているほど簡単じゃない」

灸は、語り出す。

「この世界には、未だ暴かれていない、そして暴かれることのない闇が、未知が存在する」

それは、人間の手には負えない代物。

「それでも、その混沌の存在に、人々は昔から挑み続けていた。
 精霊使い、魔術師、錬金術師、陰陽師、占星術師…太古の時代より、戦いは続いていた」

そしてある時、一人の魔法使いが、その混沌を操り、利用する力を偶然手にしてしまう。

「『死霊秘本』。
 …その本は瞬く間に、イスラム世界からキリスト、ユダヤ世界に広まり、そしてその内容から焚書や発禁、禁書目録への登録が行われていった」

ところが、運命の女神とは、気まぐれな存在であった。
その本の内容は読んだ者の口から口へ、また暗号化されて別の本へ、さらにはあらゆる弾圧をくぐり抜けて、本の形そのままで残ったものまで存在していた。

「その間で、人々は気づいたんだ。…『混沌に名前を与えれば、それは秩序を有した形になる』と」
「まあ補足しておくと、混沌を利用する方法が段々解ってきた、って所かな。魔術体系の基礎が出来つつあったっていっても同じだけど」

縁のフォローに、灸が頷く。

「その基礎を基盤に、世界各地では秘密裏に、今日まで魔術の系譜は続いている。
 …まあ、国によっちゃそんなに秘密裏でも何でもない感じがするけどな、イギリスとか」
『…アレイスター・クロウリーですか』
『そうそう。まああれは特例の内の特例ですが』

電話の向こうから、洋輔と八雲の会話が聞こえる。
二十世紀最大の魔術師にして奇人変人と言われた彼は、意外と最近まで存命だったそうな。

「近現代の魔術師、かあ…」
「というより、まだいまひとつ事情が飲み込めないのですが…」
「まま、柳も大地も聞いてろって。まだまだ先があるんだ、この話には」

混沌を屠るために生み出された、魔術。
しかしその根源も素はと言えば混沌であった。

『…『混沌』という話を聞いたことがあるかい? 荘子の寓話なんだけどね。

 在るところに、混沌がありました。
 彼はあるとき、二人の客人を迎えて、それはそれは丁重にもてなしました。
 そこで客人たちは、混沌に対して何かお礼をしようと思いました。
 二人はお礼として、数日間をかけて目を、鼻を、耳を…そのための穴を、開けてゆきました。

 そして最後に、混沌は死んでしまいました。…』





「つまり、混沌という本来ならば名状してはならないものに、私達は名前を与えてしまった。
 元々が無謀の塊ではあったのですよ、混沌に混沌で立ち向かおうなんて。
 最初にこの原理を発見した、例の本の著者は、真昼のダマスクスで混沌に喰われて死にましたし。
 …『好奇心は猫を殺す』なんて、よく言ったものですよ」

先ほどまで押し黙っていた在原が、口をつと開いた。

「おかげで人々は、さらなる混沌へと足を踏み入れてしまった。…そこは、泥沼であると知らずにね」

人間による混沌の殺戮、冒涜が呼んだ、新しい世界。
それは光ではなく、闇そのもの。

「人間に対抗しようと、復讐しようと、混沌は人々に危害を及ぼすようになった。
 特にその被害が大きかった地域には、様々な鎮神のための建造物が造られることになった。
 …ここもそういった場所でしてね、まさにこの校舎が混沌を封じるための構造をしているのですよ」

五角形を描く校舎。
その頂点を結ぶように張り巡らされた呪いは、五芒星を描く。
それは中国の五行思想に基づいた、完全なる封印の魔法陣であった。

「だから、あの森は立ち入り禁止なのです。…一部を除いてね」
「一部…と、いいますと」
「ああ。…彼の森に、定期的に魔法陣を描き直して、それを監査する人間以外」





「…一発目、始まったみたいですね」
「…」

こくり、と頷く少女に、御仕は温かなミルクティーが入ったポットを差し出す。

「『バベルの無限階段』ですか…」
「…」

黙々と、それを小さなポシェットに入れて。
黒地に金ボタンの、クラシカルなロングコートに身を包んだ静火は、最後にマフラーを巻いた。
まるで儀式めいた、それこそ出陣前の軍人の顔を、彼女はしている。

「…御仕さん」
「? …ああ、もうそんな時間か」
「行ってきます。…普段より、強めに張っておいた方がいいですか?」
「…状況次第だね。君の判断に任せるよ」
「わかりました。…では、行ってきます」
「ええ、気をつけて」

彼女が開いたドアの向こうには、まるで飼い主の来訪を心待ちにしている猫のような、しかし猫にしては大きすぎる動物が横たわっていた。

「…行きましょう、ツァラ」





ただいま! 帰ってきたよ!
リハビリ的なテンションで文章を書いていくことになりそうなので、更新はかなりちんたらしそうですが…。
とりあえず口調を忘れすぎて泣きたい。がんばるよ!

あといつから私はシリアスラヴァーになったんだろう。おかしいなあ…。

次回辺りに、バベル編は完結させたい気分であります。

[BGM:クラシック諸々(ワーグナーとかアマデウスとかゲルマン系多め)]

 
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by SSS-in-Black | 2009-02-26 11:11 | 【School】
手遅れの世界。
輪の最奥で一際高らかに、踊り上げるのは細き人影。彼は他の誰よりも、真実を曲げずに伝えている。
証は掲げた王冠に、滑らかな素肌に輝く栄光。
形無き、誰一人その尊顔を仰いだことのない神よりも、己の内包する恐怖を信じる、歪んだ世紀の生んだ感情。

「静火さん」
「…はい」

思わず返事が遅れてしまった。が、その基準となる巻き尺はどうしても彼女自身であり、一般的に見れば実に優秀な反応速度である。
小指の先ほども気に止めず、澄が差し出したのは一枚のメモ。

『こんなの?』

台詞の下からは矢印が伸びており、辿らなくとも目にはいるのは、名状し難き物体X。
澄の隠れた特技として、絵が上手いということを静火はわりと最近知った。具体的には二、三日前である。
特に好むのは悪魔や魔物といった異形の類で、澄に指示された分厚い書物を引き抜いた際、本棚からこぼれたスケッチはそのまま売り物になりそうな程。
『職業柄』、そういったものに対して豊富な知識を有する彼女でも、ところがそのメモに描かれたものに関しては無知であった。
四つ足歩行で全身を短い毛で覆われ、耳は驚くほど小さいが口と手は逆に立派だ。そこから生える牙も爪も、人間の胴くらい軽々と引き裂いてしまうであろう。
それでも彼女が『勝てる』と思えたのは、その化け物の大きさが、横に描かれた人間よりも少し大きい程度だったからだ。
…そこまで見て、ようやく気づく。

「…熊?」
「え」
『どうしたんですか御仕さん』
「あ、いや、えっと、その…私もそうだと思いますし、彼女とも意見が合致しました」
『それなら良かった』

電話主が聞きたかったのは、きっと情報の正確な形であろう。
森を哨戒中であった静火の見た『熊』と、森に迷い込んだ少年達の見た『森の主』が万が一、同一でなかったとしたら大変だ。彼らの見たものは本当に主だったという可能性が急激に高まる。

「では、また何かありましたら」
『何もないのが一番ですが…ではでは』

電話が向こうから切れた。
澄は少し馬鹿馬鹿しそうに、自らに向けて笑いかける。

「まさか熊だなんて、思いもしませんでしたよ」

情報を仲介する彼に先入観を与えないよう、静火は遭遇した対象については一言も告げていなかった。
ただ、恐らく主ではないとだけ。万が一に万が一を重ねて、細心の注意の上に会話を進める。

「初日からまた、波瀾万丈ですね」

ようやくここで、降ろされた受話器。フックに重みがかかる音。
骸が彼女の緑の瞳に像を結ぶ。有り得ない視線すら感じるのは、何かを伝えたいからか。
発声器官も何もない彼に辛うじてできたのは、折れそうな指先で大地に言の葉を刻むだけ。それもご丁寧に、こちらが読みやすいような向きで。

“Mement mori.”

そんな成句を、横たわる彼なりに、最大限の必死さで伝えていた。





『まずは明日の放課後、授業が終わり次第3Bの教室に来なさい。いいわね?』

彼女の名は、蒔夜風歌というらしい。
その人に胸の肉三ポンドを賭けられたかのように、二人はとにかく沈んでいた。
これがある有名な劇と同じ筋書きならば、シャイロックはきちんと制裁を受けることとなる。そんな希望すら、残されていないとなれば。

「まあ、悪い子じゃないんだけどね」

そうフォローするのはロシナンテ、否、カズ。
本来ならばその風采に突っ込まれてもおかしくない人物である。
何せ、ロバの耳に手、蹄。背丈は小学生並。常軌を逸脱どころではない、深すぎる事情がありそうなものを。

「はあ…」

天然ボケをかます柳に対し、突っ込み役に回る大地でさえ、ため息で打ち消す。

「まあ、注意が無かったとはいえ、森に立ち入った罰かな? あそこは本当に危険らしいからね」
「? そうなの?」

姉妹で並ぶ、蘭と雛菊。
蛍光灯の点る廊下に、伸びてゆく影。
時刻はじきに、午後六時をまわる。
これから彼らは寮に戻って、食堂で各自夕飯の時間となる。

「そのあたりはオカ研こそ詳しい筈だぜ? 今年は厳戒体制布かれてるしな」
「ちょっと灸、それは内緒…」
「いいんだよ、縁。…オカ研に関わるとなったら、知らなきゃいけない現実だ」

階段が見えてきた。
空蝶の校舎は特徴的な造りで、空から見れば綺麗な五角形をしている。
とはいえそれも辺だけのようなもの。内部は緑――森を囲うような、配置。
言うなれば壁、その角毎に階段があり、何処も均等に三階構成。
北西の向きに校門があり、

          門
        中央棟
         
一般教科棟  森  特別教科棟
                 
 女子寮←←生活棟→→男子寮
        

という状態だ。
現在地は、事務や職員室、講堂といった学園の中枢を担う中央棟。その二階にある保健室。
食堂は男女の寮の中継地点であり、合流と分岐の地点でもある生活棟にある。
一度生活棟を抜けないと、各々の部屋に行けないシステムだ。
そして、目指すはその一階。故に彼らがとったルートは、一般教科棟の廊下を抜けて、生活棟近くの階段を降りるというもの。

「…現実?」
「ああ、現実だ」

訝しむ柳、断る灸。

「どうせだから、軽く話してやるよ」

階段に踏み出す――その瞳は、真剣そのものであった。





同刻、一般教科棟、一階。

「おや、迷子かい?」
「!」

思わず神速で振り返った。
独りぼっちの放課後、廊下、映画のワンシーンのような夕焼けに染めあげられたモルタルの床。
一歩間違えばホラーであり、

「ああ…いやいや、吃驚させちゃったかな、宮藤さん?」
「お、多能先生…すみません」
「謝らなくていいよ、まだまだ不慣れだろうし。…何処に行くつもりかな?」
「いや、その、何処…とかじゃなくて…」

もう一歩くらい間違えば、ロマンスとなる景色。
頬が熱い、夕日のせいであろうか?
残念ながら、相手の表情は逆光の中。

「…食事まで、暇、でしたから」
「成る程。じゃあ、少しこのあたりを案内しようか」

ロマンスに傾く天秤。
亜梨奈にとっては憧れの、運命すら感じてしまう相手。
あの時、自分を守ってくれた、人。

「…僕も、まさかだったよ。新卒採用でこんな形になるなんて」

彼女の心境を察したのか、話の振り方が慣れている。
微妙な時期に転がり込んで、どこからどうやって、この空気に介入するか。
まだ友達はいない。入学式のどたばたは、クラスメイトと話すチャンスすらくれなかった。
そこに出来た隙間が、これだ。ここから入り込む空気だけで、十分、頼もしい。

「本当、わからないよね」

そう言って――彼は階段に、足をかける。





同刻、一般教科棟、三階。

「腹減ったなー」
「…刹那、涎垂れてるぞ」
「だらしないなあ」

『生徒会長飼育係』と陰で呼ばれている恭臣は、すかさず彼にハンカチを投げる。
片手にはコーラ、未開封。エネルギッシュな赤が、まるで今は魅力を欠いている。
辺りは真っ赤、じきに真っ黒。黄昏の笑みが空に浮かんで。
口数少なに書類を抱きかかえた真訪も、この時ばかりは笑ってしまった。
慣れ親しんだ、気の置けない、あまりにすてきなさんにんぐみ。

『二十五番、夜神刹那。俺がドラムやるから、それ以外募集中』

クラスでの自己紹介にて、一番最後の間抜け面が放った台詞は今でも心に突き刺さっている。
それから大した間も置かず、ノリと勢いでバンドを組んで、互いのことを深く知って。
それでもまだ、このバカな会長、略してバ会長の駄目さ加減。

「夕飯、なんだろ」
「さあ…でも梨乃さんはりきってたな、今日はハレの日だし」
「? 晴れてるのは当たり前だろ?」
「…。真訪、こいつ無視しようぜ」
「ああ、望むところだ」
「な、なんだよお前らだけ!」

その謎は、ただただ深まるばかりである。
苦笑しながらさしかかる教室、がらんと流石に無人の様子。
――いや、そうか?

「…」
「どうした」

いきなり真面目な顔の刹那。
いくら馬鹿だのアホだの言われても、見捨てられない理由がここにある。
やけに、勘が働くのだ。

「…誰かいたな」
「人間か?」
「さあ」
「…」
「少し危険な感じだった」

名は体を表すのであろうか。
彼が掴むのは、ほんの刹那の出来事。

「腹減ってなけりゃなあ…きっちりわかったのに」

だがいかんせん、これである。
本日何度目かのため息と苦笑をしつつ、

「…離れようか」
「ああ」

三人は階段を下ろうと、歩を早めた。





同刻、一般教科棟、森に面した外壁。

「…」

一人の少女が、窓枠に手をかけて、ぶら下がっていた。
刹那が察知したのは、十中八九、彼女のことであろう。
端正な顔立ちを少し歪め、何事か考えたその後に、空いている左手を器用に使い、携帯電話をさっと取り出す。
右手だけで全体重を支え、苦しげもなく会話を吐き出すハスキーボイス。

「もしもし…――第一幕が、始まりますよ」





耳障りな音。
ガラスを爪で引っかき回す、それでいて一回きりの邪念。
それに気を取られたからであろうか。

「あ、白」
「え…」

カズの空気の読めないコメントと、わけのわからない蘭の反応が、話し手と同時に自由落下してゆく。
全員が現実を掴まえた時、彼らは素敵に『落ちていた』。

「ひっ…」

思わず手を伸ばして、こすれた指先はシャツの感触。
セクハラまがいの体勢であったが、今はそんな場合ではない。どちらかといえば叫ばずに助かった。
亜梨奈をしっかりと保持している、多能の腕。

「ばふっ!」

奇妙な断末魔をあげ、刹那は床に軽く叩きつけられた。
その直後から襲う、衝撃、衝撃、衝撃のコンボ。何回だかは果たして数え切れず仕舞い。

「カズ…」
「あんた最悪…」
「ちょ、お姉さまがた、降りておりて!」

一番上で、早速制裁の拳を振り上げた灸と縁。
…どうやらちゃっかり、スカートの中を覗いてしまったらしい。
被害者はといえば心此処に在らずという風で、呆然と降りた床にへたり込む。
一番下で暴れているのは、柳と大地だ。

「なんだあ、コレ。防犯対策かなんか?」
「流石に違うんじゃ…ほら柳、立ちなよ」
「ああ」

隣では亜梨奈が多能にお礼を言い、なんだかちょっぴりいい雰囲気。
だが、楽観視はどう考えてもできない。

「何処だよ、ここ」

見た目は、学校の階段。
だが、窓から差し込む光は碧…夕焼けの朱ではない。
彼らがいるのは踊り場、見上げれば十重二十重に連なる階段の塔。

「知らないのかよ、バ会長」
「そういう灸こそ知ってんのかよ」
「あぁ!? やるってのかこのく」
「はいはいはいはい、二人とも落ち着いて」

ぱんぱん、と縁が歯切れよく手を叩いて、制止。
その音が、どこまでも反響していく。
上にも下にも染み渡る、観測結果。

「続いてやがるな…」
「少し上がってみる?」
「いや…それは止めた方がいいよ、綿池さん」

多能が止めにかかった。片手は相変わらず、亜梨奈の肩に触れていたが。
それがまるで、何処にも行かないよう制しているように見えてしまい、なんだか落ち着かない。
一方の亜梨奈は、顔色がすこぶる悪い。彼がいなければ倒れてしまいそうなレベルだ。

「先生は…えっと…」
「多能迅、1Aの担任で担当科目は保健体育。君の噂は職員室で聞いているよ、色々と凄いって」
「あ、はあ…」
「でもこういう時にまで体力に頼っちゃいけないね。それに、耳は良い方ならわかると思うけど…」

まだ遠くに、音が聞こえるような錯覚。
今放たれたこの言葉すら、遠くとおくへ駆けだしてゆく。

「うん、果てがない風に聞こえた」
「…。『バベルの無限階段』か」

落下の衝撃で暫くは飲めないであろうコーラを、傍らに置く。
恭臣の発言は、まさに騒ぎの核心を突いていた。

「畜生、頼りになる奴がこういう時に限ってさっぱりいねえ」
「どうする…応援も期待できないだろうし、この勢いじゃ」
「? 期待できないって…」
「ああ、新入生はご存じないよね? あまりいい話じゃなくて悪いんだけど」

縁の断りは、あってもなくても、あまりその後の展開は変わらなかったように、柳には思えた。
大地でさえも、朧気にしかその話はつかめていない。
要は、この『バベルの無限階段』は異次元のようなもので、他の次元、すなわち外部からの干渉は受けないということだ。
少なくとも、一般的な人間の力では。

「ところがどっこい、ここにいるのは一般的な人間ばっか、ってことか」
「ああ、こればかりはどうしようもねえ…」
「…いや、そうでもないかも」

次の、一つ上の踊り場の直前に座り、独り言のように呟いたのはカズ。
ひっきりなしに動く耳、アンテナのようにピンと張る尻尾。

「ちょっぴりだけど、隙間がある。これなら、電波くらいなら…通る、かも」
「え、あ、えっと…」

大地はポケットから携帯を取り出す、黒革のシンプルなストラップをつけた赤いボディ。
一瞬多能に目配せして、頷きで許可、電源を点ける。
一方の柳は、カズを見ていた。

「…あ、あの、柳君…? 僕に何か?」
「いや…その、」

突っ込むべきか否か、それが問題だ。
今日会ったばかりの先輩に、何故ロバ? と聞くのも変な話。

「凄いや…もしかして気づいてた? 『違和感』に」
「真訪、禁則事項をそんなぺらぺらと…」
「いいんだよ刹那。見たとこ、四人とも気づいてるみたいだし」

なんだか妙に嬉しそうだ。
まるで、同胞を見つけたかのような、子供めいた眼差し。

「彼は――」

携帯のバイブが二箇所で、鳴り始めた。
一つはこちらからかけても繋がらず、諦めかけていた大地。
もう一つは不安そうな蘭に寄り添い、どっちが妹だかわからない雛菊。
二人は丁度隣にいた多能――右から大地、多能、雛菊の順番で、柳には見えた――の方を見つつ、通話ボタンを押した。

『やっと繋がった! ねえ大地君、何処行っちゃったの? 寮母さんが血眼になって探してたけど…』
「葵か! それにしても…」

声が遠くにぶれて、明瞭には聞こえない。
電波状態がすこぶる悪い。いつ切れるかわからないような、一本の針の上に立つかのような不安定さ。
すぐ側ではやはり同じように、雛菊が不器用な会話を繰り広げている。

「雛菊、誰から」
「水城ちゃん」
『柳もそこにいるの? さっきから洋輔が電話してるのに出ないから…』

そう言われて初めて、柳は己の携帯電話を確認する。
蘭や灸、恭臣に縁、真訪、カズも確認するが、見事に圏外。着信履歴も綺麗にゼロ。
こうなると不思議なのが、一メートルも雛菊と離れていないのに、何故か繋がらない同じ携帯会社の縁や真訪だ。
何が違うと思いながら、行動に出たのは多能。二人の携帯を「ちょっといい?」と借り受ける。
右手に大地の赤、左手に雛菊の白。

「いいかい、通話状態にしたままだよ。

 仲井さんはそこで待機。
 君には本部係と連絡係をやってもらうことにする。

 鳩場君は寮母さんの所へ。
 彼女に電話をかけてもらって、まずは事務室の方に。
 『一般教科棟と生活棟の間にある階段の封鎖』をお願いしてほしい。
 次に職員室、阿倍野先生と八雲先生を至急呼びだしてもらう。
 ただし、一般教科棟と生活棟の間にある階段には近づかないように、と。

 合流場所は、君たちのいる食堂で構わない。
 今の指示が全部済んだら、仲井さんがそのことを報告。

 …そうだ鳩羽君。寮母さんに電話を頼むとき、合い言葉がいる。
 一度しか言わないから、よく覚えていて」

彼の唇が刻む、ひとつのうた。

「メメント・モリ」 





□蒔夜風歌/マキヤフウカ [3B]
…オカルト研究部部長、綺麗な人には毒だらけという言葉がぴったり。





また暫く停滞…かな…。

[BGM:NightmeRe/SNoW]
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by SSS-in-Black | 2008-04-06 18:58 | 【School】
「失礼します、怪我人がやってきました」

そりゃそうだ、だってここは天下の保健室なのだもの。
不謹慎な指摘は胸の内にしまっておくとして、しかし後続隊が恐ろしく多いことに柳が気づいたのは、もう少し後のこと。

「大丈夫冴木君、ねえ平気っ!?」
「ああ…平気、へいきだよ…?」

先頭は、右眉の上辺りを押さえ、その流血によりワイシャツが大惨事になっている男子。
彼の左腕に縋り付く、怪我人よりも動転しているのは、目鼻立ちのくっきりとした女子。

「冴木青吾に御堂しいな…怪我人はその酷い方だけよね? あと、そこのかすり傷だらけの新入生と」

まず椅子に招いたのは血みどろの方。
お客が多すぎても困りもの、未都はため息という名の悲鳴を上げた。
その後ろにいたかすり傷だらけの新入生、雛菊は雛菊で、ごっめーん、という仕草を柳と大地に向かって。

「あーもうなんで新学期から千客万来? しかも式の最中に貧血とかいう使い古されたネタじゃなくって?」

がたがたと包帯やガーゼ、脱脂綿を取り出す雑音。これでは内緒話など夢のまた夢。
いえいえそれほどでも、とジェスチャーで返信。
そんなこんなをしているうち、真面目眼鏡と豊かな胸元とのミスマッチで、愛嬌あふれる風貌の少女がちょっとした勢いで腰を曲げた。

「うちの妹がご迷惑を…っ!」
「いや、そんなことないですって! むしろ助かりました!」
「いえいえ…あ、私、蘭っていいます、綿池蘭。雛菊がいつもお世話になって…」
「あー…いつもってねお姉ちゃん、あたしさっき初めて喋ったんだけど、あの二人と」

そういや姉がいるって言ってたっけ、なんて思い出すのは大地の役目。
次いで寮長一ノ瀬灸、実行委員長斉多縁、彼女らの下僕美並一希。
灸はどうやら、この行列に途中合流したらしい。本来ならば例の会議に出ているはずが、挨拶をはじめとした入学式だなんだのごたごたに巻き込まれていたのだ。
そして最後に現れたのは、思わず間抜けな声を出して迎えた物体…否、人物。
最初は、ツヤ消しをした黒いゴミ袋かと考えた。が、それはあまりにもあまりな考えで。
常識を逸脱した背格好というのは、ここまでも思考回路を狂わせるものなのか。

「残念ながら、それは『森の主ジェヴォーダン』じゃありませんね」

あまり背の高くない柳でさえ、頭一つ分の大差をつけるような背丈。
ひょこひょこひょこ、と歩む度、周囲に異世界が広がってゆく。
その人物の形容には、あまり出来のよくない彼でも思いつけるぴったりな言葉があった。

「ま、まほうつかい…?」
「声に出すなよ…」

魔導士と言えるほど、残念ながら格好よくはない。それなら魔法使いの方が丁度良い。
それでもまだ足りなくて、最後の手段である平仮名表記に頼ってしまう。
まるで幼児向けの絵本に出てきそうな、床にまで引きずる黒いローブ。被ったフードからは真ん丸な眼鏡が、口元は小さくにこにこと。
身体の大部分を覆い隠しているため、体格や動きはわからない。その中で足を動かしているか、不安になるするするとした歩み。

「阿倍野先生まで…まったく、人口密度ひどいわよ、今のここ」
「押さえて押さえて、ね、桃井せんせ」

撫子さん、ナイス。臨界点絶好調突破中の桃井さんである。
それにも関わらず話を進める阿倍野、イコールマントのまほうつかい。

「今、御仕さんから連絡がありましてね。校則違反だからしっかり祟っといてくれとのことです」
「…へ? 校則違はぐぎゃ」

先ほどから黙って治療を受けている雛菊が唐突に口を挟み、中断された理由はやはり荒療治。
隣では冴木が、あっと言う間に頭部に包帯を巻かれ終えていた。出血はまだ収まらないようだが、微々たるものであろう。
そうなるとむしろ、血の抜けてきたショックに気づかされることになり、ちゃっかりベッドに倒れ込んでいる。
枕は勿論、しいなの膝枕。

「…空気読めよ」

けっ、と言い捨てた灸に、まあまあとフォローを入れる蘭。確かに空気読めではあるが、正直な所、どっちもどっちであろう。
入学初日から校則違反など、あってはならないことである。

「ええ、校則違反。ちゃんと見られてましたよ、」

入学式とその後の行程が終わり、解放された新入生。
そのうち一人が恐らく好奇心により森に侵入、もう一人が止めようと追いかける。
そこで『森の主』と遭遇してしまい、たまたま近くの校舎にいた雛菊が騒ぎを聞きつけ介入。
こなれた身のこなしで二人を救出したはいいものの、どこへ行くべきかわからない。
そこで思わず、目についた生徒会室にターザンロープの要領で飛び込んだわけだ。
…着地というか、内部の安全確保には失敗し、一名の怪我人を出したが。
そんな一部始終を語ってみせて、それにしても、と付け足すマント。

「さっきの入学式でありませんでした? 寮長諸注意かなんかで」
「げ」

あからさまに凍り付いた人物が一人。
ひょこりと振り返られた身体は、もう動かない。

「寮長…七不思議の話しか覚えてねーな」
「そんな重要なこと、あったら洋輔がメモしてそうだしね」

話題にもしただろうし、あいつ話の種蒔くの得意な方だから。
痛烈な事実を暴露され、既に逃げ腰、されど動けず。
つきつけられたのはアイギスの盾、メデューサの目に睨まれる。

「ですよねえ…一ノ瀬寮長?」

ふふふふふふふ。
確かに魔法使いだ、纏うオーラが紫と黒に染まってゆく。

「まあ、このことは私の管轄ではないですから、後で担当にこってり絞られてくださいね」

最後にハートマークを散らしながら、またもや恐ろしいことを口走る。
きゅる、と方向転換した瞬間、光の加減か眼鏡がきらり。たちどころに、効果は倍増。
ここがもしゲームの世界であったなら、余裕の極みで最強アクセサリーの座に収まっていたことであろう。

「でも、失敗は誰にもありますがね、とりあえず原因と結果は控えておくに超したことはないんです。というわけで、君たちが遭遇したものと状況について聞いてもいいですか?」

突然話題が飛んできた。対象は言うまでもない。
一度否定はされた、それをまさか問われるとは。しかも、いくら小さいとはいえども教員相手に。彼は実に立派な大人である。
それが真顔で、夢物語に取り組んでいる様が、新入生達には幾らか異質で、それ以上におかしかった。ただおかしいだけではなく、惹かれてしまう。
大人はリアリストだと思いこんでいる節がどこかで見え隠れする年代には、あまりにこの流れは不自然すぎて、好奇心やその奥にある無謀な本能が刺激された。
――だから嘘はつかない、あらゆる意味で。





懐古趣味な電話の呼び鈴が、凛々と空気を震わせる。
ダイヤルで番号を指定し、黒く塗られているところまでは、いわゆる黒電話という品である。問題はそこからで、執拗なまでの装飾があちこちに散らされて…それも趣味が良ければ、全く構わないのだ。

「もしもし、御仕です」

最早調度品めいた電化製品の奇怪な点、その第一には、受話器に横たわる骸骨を挙げるべきであろう。
番号には各々花を模した意匠があり、ダイヤル部もまた大輪の花を象っている。
更にこの位置からは見えないが、彼女は知っていた。まだここに来てから二週間もしていないが、あまりの不可解さに暇さえあれば佇んでしまうのだ。
側面には無数の人影、服装は様々だが中性欧州の貴族や聖職者が多いように見える。彼らは手を繋ぎ、輪になり踊る、人間らしさの欠片もない表情と立体感で。

「そうですか、それならいいのですが…速急に再発防止策を取ってくださると嬉しい限りです」

中性暗黒世界において、完全無欠なる美しきものの代名詞は、神であった。
故に、だ。故に人間を、人間味溢れるものとして形づくるのは禁忌であった。生き生きとした姿は作ってはならない、神以外の高貴なる存在はいてはいけないのだから。
さてそれではどうなったかといえば、この様である。
いざとなったら小学生にでも描けそうな、デッサンやバランスを無視した崩壊の光景。
終わりの見えない洞窟の中、繰り広げられる剣戟の狂想曲。そこへ聞こえるのは真黒き影の合唱隊、逃れられない断末魔。
いつしか舞踏に加われば、泡沫の鏡に姿を映す。

「そう、死者が出てからでは遅いですから」





電話は続いている。
その背後で我先にと動き出したのは、今までずっと扉付近で佇んでいた少女。
体重を預けた壁からふわりと立ち上がり、途端に存在が明確になる。
雛菊でさえ、さっきまであそこに人なんていたかな? と記憶をまさぐってしまう程…彼女は、存在感がまるでなかった。
人一倍早く思春期の森を潜り抜けて、本当の意味で美しく、女性らしく整えられた顔立ち。
花を飾るなら勿論紅薔薇だ。だがそれでは何かが足りない、ふわりふわりと遊ぶ霞草のような浮遊感が。
美しいのだがこさっぱり、彼女は口火を華麗に切り出す。

「ところで桃ちゃん」
「桃ちゃん言わない」
「例の物は?」

ああ、まったくもって無視か。
しかしいちいちそのことを指摘するのも面倒で、未都はやれやれと『ブツ』を取り出した。
この部屋に放り込まれた柳と大地が、

『名前だけはわからないから書き込んで』

と言われて書き込んだ、覚え書き――の、一枚めくった下から。
そういえば濃く書けと言われたな、大地が思い出した頃には時既に遅し。
現れたるは薄い紙、ひらりと一枚、ちらりと二枚。

「確かに渡したわよ、部長」
「はーい。ありがとね、桃ちゃん!」
「だから桃井先生とお呼び!」

牙を剥く。
怖い怖いこれだからとたじろぐ勢いに、冗談半分だとはいえども、悠然と迎え討つよう姿勢を整える。
武術や拳法の類ではない、言いようのない様相に、目を見張る。
野生の勘が危険を告げる。警鐘が鳴る、ガンガンと響く。
どこにあの気迫を詰め込んでいたのかが理解できない、一般人には理解できない空気を飲み込む。

(あれ、お姉ちゃんの友達、だよね?)

超然的な態度の前に、差し出されたのは命のカルト。
最大最高最強の賭、そうとも知らずに悲劇は始まる。

「というわけで、君達は晴れてオカルト研究部の部員になりました」

それは文字通りトラジティか、あるいはそれをも凌駕するコメディか。
罪なき二人の少年の運命は、入部届けと言う名のチケットに、軽々と翻弄されてしまった。
さあ、奈落への舞台が、始まる。





□冴木青吾/サエキショウゴ [3A]
…二枚目クール美青年に見えるが、彼女の前ではただの駄目な人。

□御堂しいな/ミドウシイナ [3A]
…冴木の彼女さんであり甘えん坊、それを除けばなかなか良い娘。

□綿池蘭/ワタイケラン [3B]
…雛菊の姉だが主に体型のせいでそうは見えない、学園のミスドジっ娘。

□一ノ瀬灸/イチノセヤイト [3B]
…学園寮長、喧嘩大好きのオレ様人間ですが実は歴とした乙女です。

□阿倍野晴章/アベノハルアキ [世界史]
…奇怪系小動物的教員、言動を見る限りオカルトに詳しいようで…?

□????/?????? [3?]





前開き過ぎ、もう一話投下予定。

[BGM:A Night Come's! /URAN→NightmeRe/SNoW]
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by SSS-in-Black | 2008-04-06 18:35 | 【School】
「失礼します」

がらがらがら。
若干立て付けの悪い生徒会室の扉を開いて、そこに広がっていたのは、どう見ても出来の悪い冗談であった。

「いあ! いあ! くとぅるふ・ふたぐん!」
「きゃー! 窓に、窓にーっ!」
「…」

やばい、絶対来る場所間違えた。
ちょっと隣の教室を覗いてみよう…と、その足首に、ずっしりとした重み。
何かに掴まれている、がっしりと。

「おい、やめろよ!」

只でさえカオスな生徒会室内部。
そのなら滲み出てきて、足首を掴んだのは…奇蹄目ウマ科ウマ属ロバ亜種の手。
一応手の位置にあるから手だと思っているだけで、あまり彼らの手足は変わらないのだが。

「…お前か、カズ」
「ひいーん…助けてよバ会長…」

学園副寮長の、『みんなのパシリ』カズこと美並一希と、生徒会長の、バ会長こと八神刹那。
ちょっと可哀想な二人が対面したものの、むしろギャグにしか見えないのは何故だろうか。
とりあえず刹那が、一言。

「…助けて貰う相手にその呼びかけはなんじゃないか?」

こうして、第一回空蝶学園創立五十周年式典委員会はあまり無事ではない幕開けを迎えた。





セッティングされた円卓の中央に展開していた魔法陣を片付けた後、会議は開始された。
議長は委員長に大抜擢された女傑、斉多縁その人である。

「では、色々ありましたがはじめましょうか」

本当に色々あった、いろいろ。まったくシメたろうかあいつら、片方は教員だけどさ。
声にならない思考が、それでも読めてしまう人間には読めてしまうのである、その表情の変遷が。
書記の大河内真訪は、そんな彼女を諫めるようにまあまあと、苦笑気味にため息を漏らす。

「自己紹介がまずは必要じゃないかな、斉多さん」
「そうね…とはいっても、殆ど見知ったようなメンバーだけど」

高校三年生、三年目の仲間。
午前中の始業式、そして午後は会議と同時進行中の入学式。
春爛漫、満々である。

「じゃあ、どうせなら次回に回さない? 下の学年が来るのは次からだろ?」
「そうねえ…コーラ王子の意見に反対の人、いるー?」
「コ、コーラ王子…」

妙にフレンドリーな円卓の騎士達である。
コーラ王子こと千歳恭臣、頼りがいがあって禁欲的な好青年だがコーラには滅法弱い。
むしろ、三時間に一度コーラを補給しないと、とんでもないことになる…とは本人の言。
一体何が発生するかは不明だが、そこを敢えて詮索しないのもまた仲がよいからなのだろうか。

「否定意見はなさそうね。
 じゃあ、早速。…この委員会の目的やら何やらを、もう一度話すよ」

配布された資料を見て、と縁が。
B5サイズの、左上をホチキスで留めた三枚組の些細なパンフレット。
白黒印刷の唯一の例外、及び異彩を放つ点はと言えば、右肩に押された、

『極秘』

の印章。手押しなのであろう、インクが少しばかり掠れてしまっている。
それがかえって、その冊子の重みを読者に実感させていた。

「まずは表向きな話からね。
 
 この学校、空蝶学園は、今年創立五十周年を迎えるのはご存じの通り。
 そこで、どうせだから記念に何かやらない? ってオファーが校長先生から来てね。
 
 内容は自由。だからこんなぼかした名称なんだけどね。
 構成員や組織のやり方も勝手にやっていいっていう許可が出たわ。
 だから、委員会というよりは部活や同好会に近い感じね。
 
 別にお祭り騒ぎをしても良いし、なにか大きいものを遺しても良いし。
 このあたりの内容はこれから決めていくから、アイディアよろしく」

ぴしっ、と人差し指とウィンクのコンボでキメてみる。
しかし、こういった時ほど見ている人間は少ないわけだが。最早お約束の一歩手前である。
何よりもかによりも、騎士達の気になるものとは、求めるものとは、その奥にあるもの。
色彩を徐々に変化させながら、誰一人同じ色を持たない、瞳。
その奥に炯々と潜む光だけが、例外の権利を、しっかりと握りしめて。
真実を欲している、偽りに満ちたこの『世界』の内に。

「…じゃあ、ここからが、本番ね」

縁がそう言って、次の頁を見るようにと、指示を飛ばそうと。
そしてその指示がなくとも、意図を酌んで頁を捲るために指先を動かそうと。
次の行動は、果たして誰も、取ることが出来なかった。
窓が割れたのだ。

「!?」

窓の一番近くに座っていたのは、なかなかに背の高い、白黒はっきりとした顔立ちをした男子生徒。
さっと立ち上がろうとし、間に合わず椅子を巻き込みながらも避けたのは大正解である。
それは、そのまま円卓に突っこんできた。
さながら人間ロケット、あるいはまったく逆の物体。
真っ先に口を開いたのは、他でもない、泥と腐葉土にまみれた人物であった。

「誰か早く! 保健の先生呼んでっ!」





「なに、ちょっとした切り傷よ。我慢なさい、少年」

その割には容赦なく消毒液を塗ったくっている、白衣の天使。
保健室はある種のオアシスだという人種がこの世には存在するが、この保健室は少なくともその対象外となるであろう。
むしろここは理科室ですか? と訊きたくなるような道具の数々が、あちらこちらに陳列されている。
…入学初日から、小峰柳はこの空間に足を踏み入れる次第となってしまった。

「いづづづづっ!?」
「ほれほれ」

ぐりぐり。
正直、柳が消毒液まみれになるのもこれでは時間の問題である。
これは怪我の完治を早める行為ではない、ただの遊びだ。

「あ、あの、そのくらいでいいのでは…」
「えー、最近全然やってなかったからいいじゃないもうちょっと」
「あー…」

人間として何かを間違っている、少なくとも養護教諭の道を選んだ辺りが。
まだ名前も知らない保健室の主人を、相原大地は止めるでもなく勧めるでもなく。
とりあえず、友人の不幸を嘆くくらいはしておこうではないかと、おもむろに話しかけてみる。

「大丈夫か、柳」
「…男子だから耐えろってレベルじゃねーよ…」
「あら、いっぱしにジェンダーを語ろうっていうの、少年」
「へぎゃっ」

見ているだけで痛々しくなってきた。自分が怪我をしたわけではないが、これは…心が痛い。
絶対怪我はしない、病気もしない。健康に過ごしてやる、と大地が決意したのは言うまでもない。
なんなのだろうか、この破壊的な白衣の人物は。その割には机の上に可愛らしい羊の人形がちょこんと座っている。
赤いリボンを首元に巻き、少し汚れて年季のはいった、手のひらサイズの人形。
黒いプラスチックの瞳が、白い蛍光灯の光を反射して、生きているかのように瞳が再現されている。

「ジョーちゃんはあげないわよ、もう一人の少年」

ああもうこっち見ながら処置しないで、綿棒が明後日の方向向いてるから! 柳がそろそろ限界だから!
叫ばずには居られない、そんな状況を打破したのは、やはり何事も慣れが重要だという事実があるからであろうか。

「もういいでしょうよ、桃井先生。このままじゃお話が聞けるかどうか…」
「…そうね、美空先生が言うなら仕方ないわ。感謝なさい、少年」
「いや、俺には小峰柳って名前が…」
「いいじゃない、名前なんて。ねえ、美空先生?」
「いえ、近代哲学的に見ると、名前は重要な立場を占めていますよ、こっそり」
「…」

あ、黙った。
マッド・サイエンティストを黙らせたのは、意外や意外、おっとりとした雰囲気の女性。
周囲にお花畑を展開させながら歩いている、というのは言い過ぎかも知れないが、否定もしきれない。
ほんわかとした大和撫子、背反し合うはずの単語が両立してしまうのは異常でもなんでもない。
言葉は対象をそう見せたいが故にそう在るのであり、単純に言ってしまえばただ綺麗だというだけのこと。

「えっと、小峰柳君と、相原大地君よね?」
「あ、はい。…何故、僕の名を? まだ名乗ってもないのに…」
「何故って、生徒の顔と名前は覚えなくちゃいけないものだから。
 名詞がないと人は物体と物体の判別が出来ない。名前がないと認識が出来ない。
 特に教員は、個人を認識した上で指導をしなくては…っていうのを、きっと国語の授業で後々詳しくやります」
「…」

早速ついていけない柳。大地もあやふやだが、なんとなく主旨は把握した。
人の名前は覚えろ、覚えるに越したことはない。それだけだが、重要な事だ。

「で、紹介が遅くなりましたが…。
 私は美空撫子、担当は家庭。そしてこちらは、養護の桃井未都先生」
「…水戸こうも」
「駄目それNGワードっ!」

怪我人を容赦なく叩く男、相原大地。
この衝撃で馬鹿が治ればいいのにと、早速考え始めてしまった。
本人はそんなことを毛頭気にする様子もなく、頭を別の意味で抱えている。

「あ、あはは…」
「…畜生、なんか薬でも試しときゃよかった」
「まあまあ桃井先生、モルモットならいるのでしょう? それよりも、重要なのはこの先ですから」
「…ちっ」

随分と性格の悪い献身を職とする人間もいるものだ。
未都は回転椅子をくるっと回し、机に向かって覚え書きを取り始める。
換気扇のくるくると揺れる音のみが響く、一瞬の擬似的な静寂。
そこに被さるよう、撫子は柳に問いかけた。

「何を、見ましたか?」
「…へ?」
「字数制限は設けません。何を見たか、できるだけ詳しく述べてください」
「…。おい、大地」

不機嫌そうな顔が、回転椅子のようにはいかないが、くるりと大地に向き直す。
彼が何を求めているか、それはわかっているし、何と答えるべきかも重々承知している。
だが、そう簡単にはいかないのが、この世の習い。

「俺たち、見たよな…『アレ』を」
「…うん、保証する。絶対に見た、『アレ』を」

大人こそ信じてくれないし、それ以前にこの年齢になってこんな事、滅多なことが無くては言えない。
嘘だと一蹴されるか、ふざけるなと罵倒されるか、馬鹿馬鹿しいと嗤われてしまうか。
だが、だんまりを決め込むにも分が悪い。ここまで最悪の相手もいない。
相手は武力に訴えないし、権力も行使しない。無防備だからこそ、話さなくてはならないという義務感に襲われる。
自分たちのために、何故貴重な時間を裂いてくれているのか。それを嘆きも怒りもせず、一心に受け入れようとしているのか。
カツ丼はないが、これはもう、話すしか方法はなさそうだ。

「『七不思議』の、『森の主』を」

そしてタイミング良く、歯切れの良いノック音が、控えめに聞こえた――。




□美並一希 [3B]
…ぼくらの副寮長、みんなのパシリという誉れある立場にいるロバめいた人間。

□八神刹那 [3A]
…生徒会長、周囲からの扱いを見るに、あんまりおつむがよろしくないようです。

□斉多縁/サイタユカリ [3B]
…学園創立五十周年式典委員会の長、ちょっとキツい面もあるがそれは愛故です。

□大河内真訪/オオコウチマトイ [3C]
…同委員会の書記に大抜擢、ツッコミ担当のハズなのに実は眼鏡のシャイボーイ。

□千歳恭臣/チトセユキオミ [3C]
…生徒会書記兼会長飼育係、コーラ依存症は禁欲主義と矛盾しないのだろか。

□桃井未都/モモイミト [養護]
…保健室の変人ではなく麗人、実験やジョーちゃんに関する話で一話分は語れそう。

□美空撫子/ミソラナデシコ [家庭]
…名は体を表して大和撫子、おっとり系だがモルモットと言ってしまうあたり、もしや…。





未都ちゃんが大爆笑なキャラクターになってしまった。柳=私の立場でお送りいたします。

[BGM:才悩人応援歌/BUMP OF CHICKEN→A Night Come's! /URAN]

3/7 撫子さんの科目を間違えて加筆修正…なんという失態! orz
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by SSS-in-Black | 2008-01-20 22:35 | 【School】
学校、と、七。
この組み合わせが導くものは、恐らく、一つしかない。

「というわけで、七不思議がこの学園にはある」

学園寮長がくそ真面目に切り出した話はまさに其れであった。
時は四月、入学式、桜の季節。
何ともまた物騒で、ついでに常識から逸した切り出し方である。
彼女はなんだそりゃと思いながら、しかし話はきっちりと聞いていた。
…が、何せ固有人名の多いこと多いこと。カタカナ語は苦手である。
そんな部分をきっちりカバーして、入学して最初に出来た友人は、何故かメモを取っていた。
そこに歴史の好きな、ちょっとデキる男子生徒が、注釈を加えた。
そうしてこのメモが出来たのである。いわば、この学園に来て始めて手に入れた知識。
大切に保存していた紙切れを手に、彼女は三年の時を経て、かつてのあの場所へと上る。
使命だとか予定だとかは信じていない。世界は信じがたい出来事に満ちている。
だが、三年の内に彼女はいつかの先輩となり、寮長となった。
これを運命といわず、なんと言うべきなのであろう。
開けた講堂の、目の前には、かつての自分。
小さめの深呼吸、第一印象は強く、そして深く、刻んでやろう。
あの、いつかの入学式のように。

「つーことで、学園七不思議が実在しているこの学園へ、ようこそ」





「『空蝶学園七不思議』…
 
 一、雇ってもいない警備員達が徘徊する『第三校舎の夜警』
 二、中庭に忽然と現れては消える少女『中庭のエミール』
 三、ホルマリン標本を養分に芽吹いて咲き誇る『理科室の悪の華』
 四、一度間違えて上がると戻れなくなる『バベルの無限階段』
 五、真夜中の学生寮を駆け回り小火を起こす『ガイの灯火』
 六、音楽室の鏡を深夜に見ると歌う少女の霊が映る『キャロルの姿見』
 七、森に悪戯をすると数日後に犯人を襲う『森の主ジェヴォーダン』

 …この伝説名それぞれは、史実に基づくあてつけなんだっていうけど…」

数年前と同じく、メモをとっていた新入生がいたようだ。
講堂からの帰り道、それを回し読みしながら男子生徒達の一団が口々に意見を交わす。

「まず七不思議が実在するから気をつけろってのが高校らしくないよな、まったく」
「でも、そうだったらこんなに細かい情報があると思う?」
「でっちあげだろどーせ」
「いや…でっちあげにしては、本気すぎるよ」

個人所有のメモが帰ってきて、楠洋輔は考察を述べた。

「例えばこの二番目『中庭のエミール』。
 『エミール』っていうのはきっと少女の名前だろうね。
 でも、少女でエミールといったら…ジャン・ジャック・ルソーの著作に出てくる人物になる。
 まあ、そのエミールのことを示しているかは怪しいけどね。
 
 別に『花子』でもいいはずの名前だよ、実際『トイレの花子さん』だっているわけだし。
 他にも『バベル』はきっと創世記の『バベルの塔』からきてるだろうし…。
 
 何が言いたいかって、モチーフに西洋を連想させるものが多用されてるって事。
 ここはミッション系でもなければ、留学生が多いわけでもない。じゃあ、何故こうなった?」

確かにそうだ、と疑っていた小峰柳は思う。思うのだが、エミールなりルソーなりという難しい話はさっぱり分からない。バベルは少し前の映画で騒ぎにもなったあれだろうか…。
メモを回想してみれば、カタカナ語は多い。『エミール』『バベル』『ガイ』『キャロル』『ジェヴォーダン』。
ところがそこでひっかかるのは、それらのない二つだ。彼がそれを言わんとしたときには、既に隣を歩いていた相原大地が疑問を口にしていた。

「…たしかに。ちょっとこのあたりは難しいかも…」
「もしかしたら、何かの日本語訳なのかも知れないよ?」

新しい方針を示したのは鳩場葵だ。大地は随分前から抱いていたのだが、この少年、可愛い顔して考えることは妙に鋭いのである。
下手をすれば女の子にも見えて、実際に初対面時にはそう認識してしまったものだ。
葵には、二番目の成績で入学を果たした洋輔には無い知性というものが宿っている様子。

「日本語に訳せば、何でも有りだもんな。それにカタカナ語の奴は、どう見たって訳せるもんじゃないし…葵の言うとおりかも」
「ありがとう、大地君」

にっこり。
入学式の直後だというのに、ここまで仲が良いというのは、この学校の特殊さが一因となっている。
そう、寮の存在だ。
遠方より来る、或いは家から近くとも志望すれば、寮での生活が可能となる。
入居の開始は四月の二日から…つまり、入学式に至るまでの数日で、早くも友人が出来得るのである…同性に偏りがちではあるが。
男女別の寮で、共有するのは食堂と談話室。だがそれも昨日までの話。
学園生活で、最も多くの時間を費やすであろう場所――彼らの教室が、もう、目の前にあった。
一年A組、生徒数は二十五人。隣にはB組とC組、人数はそれぞれ二十五の十五。
計六十五人が、今年度の新入生である。

「じゃあまたあとでな、洋輔、葵」
「おう」
「そっちも頑張ってねー」

奥にあるB組へと入っていく二人を見送る、A組の柳と大地。
各学年、AB組は通常学級で、C組は芸術専攻という一風変わった編成になっている。
専門学校と通常高校とが融合した、それがこの学園の特徴の一つだ。

「そういやC組に知り合い居ないな、おれたち」
「そうだね…まあ、仕方ないというば仕方ないのかな? 絶対数が少ないしね」

机の配置は名簿順、二人はたまたま隣り合わせ。
四人の列が五本、五人の列が一本、二十足す五で二十五人、さらに担任で二十六人。
それで机は、教卓も含めて、完全のハズであった、が。

「柳」
「うぎゃっ!? …な、仲井か、びっくりさせるなよ」
「これしきのことでびっくりする方がどうかしてるわ」

いや、どうかしてるのは仲井さんの方だよ、と大地は突っこみたくなった。
彼女の手には、マジックハンド。びょいーんと伸びた指先が柳の肩を叩いたのである。
仲井水城、一見すればただの変な少女だが、それは天才肌の変形したもの。
洋輔を抜いてトップの成績で入学した、秀才である。
初対面時も食堂で、柳は彼女に落とした財布を拾ってもらっている。
結果、それがこの頭の上がらない関係を構築したわけだが。

「この教室、机が二十六個在るわよ」
「? 教卓含めてだろ?」
「数えてみれば分かるわ」
「…本当だ、二十六個、ある」
「大地、数えるのはやいな…ひいふうみい…」
「…大地、この可哀想な子は本当に高校生なのかしら?」
「さあ…ここまで馬鹿だとは…」

思ってもいませんでした。
一見すれば分かる話なのだ、机が二十六個ならば。
一番窓際の列、そこにぽつんと一個在ればいい机が、二つ並んでいる。
四人の列が四本、五人の列が二本、十六足す十で二十六。
ようやく数えるという原始的な手段で状況を把握した柳が、げっそりしていた。

「話が違うじゃねえか…ったく、さっきの入学式には二十五人しかいなかったぞ?」

A組の生徒が座っていたのは、五かける五のスペース、イコール二十五脚。
この間に増えた一人は、何者なのか?

「ちなみにB組の沼田君と、C組の雛菊ちゃんに聞いたけど、人数はきっちり守られていたわ」
「B組の沼田…ああ、あのアホの沼田か」
「柳…いや、なんでもない」
「大地、痛いほど分かるわ、その気持ち。でも今は保留で」

言える権利が無いことを示そうかと思いつつ、踏みとどまっておく。
柳は知らない、沼田竜馬という男がアホなら、小峰柳は馬鹿であると、早速言われているのを。
そして早速その二人を利用しているのが、仲井水城という女主人であると。
その関係図を恐ろしいと感じながら、大地は聞き慣れぬ名前に疑問符を浮かべた。

「雛菊ちゃんって、ダレ?」
「ああ、綿池雛菊。知っているはずよ、いつか食堂に来たとき鳥がひっついてきてた彼女」
「…納得、あの野生児か。けど、C組って…」
「人は見かけによらないわよ、柳。あんたみたいな外見に内容が伴ってるならまだしも」

ここで柳が大地にこっそり「褒められてる?」と聞いたことは秘密である。

「彼女はバイオリニスト。この若さで頭角を現しつつある、C組唯一の特待生扱いよ。…柳、驚きすぎ」
「いや、あいつがバイオリンとか、え、似合わな…」
「遅れてすみません、それでは着席をお願いしまーす」

柳のその失礼な発言を上書きするように。
一年A組の担任が、がらりと教室前方の扉より入ってきた。
着席しようと話を切り上げて移動する、その背中を再び水城につつかれる。

「柳、大地」
「?」
「おい、席に着かせろよ…」

振り返るとそこには、マジックハンドが一枚のメモを掴んでいた。
びよびよと揺れながら、読み取った文字には。

『ろうか』

急いだ雑な文字で、いや、雑ではなくこれが彼女本来の文字なのかもしれないが。
二人が、開け放たれたドアから覗く廊下を見て、そこには――。





時間は少し、遡り。
宮藤亜梨奈は、校長室にいた。
もし彼女が古き良き初代某変身ライダーものを知っていたら、まるでそのボスから指令を受け取る場所のように思えたであろう。当たり前だがそんなこと、彼女はつゆ知らずなわけだが。
確かに部屋なのだ、校長室なのだ。
飾られたトロフィ、整えられた仕事道具、『校長』のプレートが踊る机。
しかしその柔らかそうな椅子には、誰も座っていなかった。
代わりに背後には、鷲の紋章ならぬ蝶々の紋章がある。
亜梨奈はすぐに気づいた、それがこの学園の校章を模したものであると。ただしその壁のものは色とりどりの硝子が填められ、ステンドグラス状になっていた。
キラキラと降る色彩に目を奪われるうち、彼女は知らず知らず、返事をしていた。

「…って、え…?」
「ああ、すまないすまない。このような形でしか会えなくて、申し訳ない」

『声』は、ステンドグラスの向こう側から聞こえてきた。
よくよく見れば、ゆらゆらと何かが揺れている。明かり…それもロウソクか何かの、ゆらゆらとした光源。
だからまばらに色彩は降り積もるのだ。安定せずに、それ故に美しい。

「驚かせてしまったから、改めて。…私が校長の、兒珠だ。宮藤さん、ようこそ空蝶学園へ」

そうだった。
彼女自身は、地元の公立高校に進学する予定だったのだ。
ところがいきなり、空蝶学園への入学書類が届いたのであった。
何かと思って遠方の父に問い合わせたのだが、明確な答えはなかった。
つまりは「来い」と、暗に示しているのだ。
それだけではない。
彼女に進学を決意させた原因は、もうひとつ、あった。

休日。
買い物に出ていた亜梨奈は、自分のせいではないのだが、柄の悪い男に絡まれてしまった。
ちょっとぶつかってしまった、むしろぶつかってきたのは向こうだ。今時流行るかというコメントの入りそうな、しかし怖いことは怖い出来事。
その窮地から彼女を救ってくれた人物が、空蝶学園の関係者だったようなのだ。
青年の落とした封筒に気づき、後を追ったものの、彼を見失う。

もしかしたら内部の関係者ではなく、父兄や業者だったのかもしれない。
が、彼女は花言葉や星占いに何かを感じる、運命を信じる少女である。
これも、何かの、縁なのだと。

「君の入学に関しては、ノーコメントでお願いしたい。
 …突然書類が届いて、どんなドッキリだって思ったでしょう? 大丈夫。
 その書類とこの権利は、君に送られるべくして送られた、そういうものなんだ。
 だから不安とかはまったくいらない、君のお父さんも了承してくれた」
「…はい」
「まあ、アプローチが遅かったせいで編入生扱いになってしまったが…
 君は今日から、この瞬間から、当校の一年A組の生徒として過ごしてもらう」

姿は見えないが、若々しいイメージのある語り口調。
むしろどこか子供っぽさを残して、一方で性別は判別しがたかった。
声は恐らく、変声機か何かを通しているのだろう。中性的な、落ち着いた声質だ。
それらが混ぜ合わさって、独特の雰囲気を醸し出している。それが亜梨奈の、校長に対して抱いたイメージのはじまりであった。

「さて、そろそろ最初のホームルームが始まる…入りたまえ、多能君」
「失礼します」

背後で、扉が開いた。
隙間から、逆光の中で、小さく微笑んでいる。
…既視感が、彼女を捉えて、現実を紡ぎ出す。

「驚きましたよ、写真を見て」

後ろ手に閉める豪奢なステンドグラスの填められたドア。
校長はどうやら、蝶々が好きなようだ。花畑を舞い遊ぶ、幻想の群れ。
それは青年の背後にあり、彼を鮮やかに形容、修飾していた。

「はじめまして…じゃ、ないんですよね。お久しぶりです、宮藤さん」

こんなにも早く、糸が巻き戻ってしまうとは。
亜梨奈は呆然としたまま、脳裏を真っ白に染める。

「…宮藤さん、彼が君の担任の、多能迅先生だ」





七不思議の語られる入学式。
脈絡のない転入生。
人前に姿を晒さない校長。
――偶然か運命か、全ての行方は、まだまだわからない。





□楠洋輔/クスノキヨウスケ [1B]
…どちらかといえばワイズの方面で頭が良いロジカルな存在。

□小峰柳/コミネヤナギ [1A]
…馬鹿呼ばわりされてますが体力でそれをカバーしている様子。

□相原大地/アイハラダイチ [1A]
…意外と思慮深いのだがそれが災いして振り回されがちな体質。

□鳩場葵/ハトバアオイ [1B]
…外見の可愛いらしさとは裏腹に鋭い視点で物事を把握している。

□仲井水城/ナカイミズキ [1A]
…マジックハンドと勝手に下僕を駆使するインテリジェンスな秀才。

□沼田竜馬/ヌマタタツマ [1B]
…アホらしいですが詳細は本人登場時にもう一度。

□綿池雛菊/ワタイケヒナギク [1C]
…特待レベルでバイオリンを弾く一方で動物に懐かれる野生児。

□宮藤亜梨奈/ミヤフジアリナ [1A]
…理由も知らずいきなりこの学校に来ることになってしまった謎の少女。

□多能迅/オオノジン
…かつて亜梨奈を助けた青年であり1Aの担任を務めることとなる。





あんまりギャグになりませんでしたが。
此処まで来ると趣味の領域となってきます。
しかし七不思議って難しい…兎に角今回は一年だらけのお話でした。

水城が勝手に喋ってくれるんですが何故でしょうかね? つかこんな子じゃなかったはず…。
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by SSS-in-Black | 2007-12-27 16:10 | 【School】
これは、むかし、むかしのおはなし。

あるところに、小さな森と、小さなおやしろがありました。
それは村はずれにあったため、足を運ぶ人も少ない、さびれたおやしろでした。
だから、そのおやしろが風と雨でたおれてしまい、雷で焼けてしまっても、しばらくは気のつく人がいませんでした。

もちろん、そこにまつられていた神様は、かんかんにおこってしまいました。
そこで神様は、森を広げて村をすっかり草木でおおいつくしてしまいました。
そしてその森に、人のせかいにはいない、神様のせかいの生きものを住まわせました。
その生きものはときおり森をぬけだし、ちかくの村をおそいました。
ある時は畑に火をつけ、ある時は家をあらし、ある時は子供をさらう。
それに困った村人は、神様にゆるしをこいましたが、そのすべてがむだに終わりました。

そんなこんなで十年の月日がたち、ある時、ひとりの女の子が言いました。
「わたしが神様に話をしてきます」
その子が歩き出すと、ふしぎなことに、今まであばれていた生きものたちが大人しくなり、森へのみちをあけました。
森の中は暗く、足元も悪かったのですが、やはりその子が通ろうとすると光がさしこみ、道にはやわらかな枯れ葉がつもりました。
やがて女の子はこわれたおやしろにたどりつき、それをなおすと言いました。
「神様、どうかわたしたちのつみをおゆるしください」
するとみるみるうちに、広がった森におおわれた村は元通りになり、神様のせかいの生きものたちも空へかえっていきました。
きげんをなおした神様は、女の子に七つのたからものをわたすと、おやしろの中に消えていきました。

それからというもの、その小さな森と小さなおやしろは、きちんと人の手によって守られていったそうです。

これは、むかし、むかしのおはなし。





「でも実際は、この森に残ってしまった『神様のせかいの生きもの』がいて、それが相変わらずの悪行狼藉の限りを尽くす…ということでして」

殺風景なログハウスに、テーブルがひとつ、カップがふたつ、チェアがみっつ。
人間はふたり、瞳はよっつ…色は、黒と赤がそれぞれ一対ずつ。
黒い瞳は純粋な闇の色ではなく、蜜の色をしたライトが当たると小さな変化を起こすような色。
まるで、その窓から見える、深い森のような色。

「私は『おやしろを守る人』の末裔で、あなたもそう。そして、この施設の持ち主もそう。…皆、末裔なのです」
「…随分と、毛色の違う末裔同士に見えますけど」

森の瞳の少女がさえずる。
口をつけたココアから、まだ弱々しく立ち上る湯気。
本来ならば柔らかく、優しく可愛らしい様子も、だが何かがおかしい。
少女は森、その中に潜む影…獣の気配をそこはかとなくあたりに漂わせていた。

「…。
 中からの力を封じる『兒珠』。
 外からの力を抑える『古閑』。
 最後に社へつかえる『御仕』。
 …唯一、我が御仕家は武道派ではありませんから、確かにそうとも見えますね」

再認識と、再確認。
青年はその年に似合わぬ白髪頭を軽く掻き上げ、合間から覗いた指は細く痩せて。
戦わせたらまず負ける以前の話だが、対する少女もまた小柄中の小柄。床に足が、まるでついていない。
だがその力は、外から推し測れるものではなく、中から湧いてくるもののように…自信が、そこにはあった。

「古閑静火さん、でよろしいんですよね?」
「はい、静火です、御仕さん」
「ああ、私のことは澄でいいよ。…で、あとはこの場にいないけれども、兒珠校長。この三人の『守護者』が揃ったのには、ちゃんとした意味がある」

かたり、カップが置かれた音。
染み入るような静けさに、運命は紡がれてゆく。
それが目に見えないことを祈り、喜ぶことしか、できないとしても。
それは恐ろしいほど正確に、精密に、ひとつの文様を描いて編まれてゆく。


「『女の子』が受け取った『七つのたから』。
 その宝が形を変えて、やはり形の変わった少女の手へと、渡る。
 それが誰かも、未だまったくわからない、けれども…
 『神様のせかいの生きもの』の残党と、真っ正面から潰し合いができるようになって、うまくいけば、我々の使命も果たせる」


長いながい、争いと傷跡の歴史。
澄は一息に語る、その血に流れる時の流れを。
神に呪われた土地を守り、そのことで繋がり続けた、悲しい伝統。
それを、終わらせる。

「…確証は、あるみたいですね」
「勿論。兒珠家は流石、やることが派手で嬉しいですよ」

何故なら。
『学園』という、最強の隠れ蓑を準備していたのだから。
そこでは、どんな人物が居ようとも、どんな事象が起ころうとも、全てが、否定を許さない。
全てが繋がり、分かち合う。

「さて、そろそろ始業式がはじまりますよ…『空蝶学園』の、伝説のはじまりが」

今、ここに。
歴史書は白紙の頁に、新たなる文字を、刻み始めた。





□御仕澄/ミツカスミ
…白髪赤目、『社』を守る『召』の一族の末裔。

□古閑静火/コガシズカ
…黒髪緑目、『社』を守る『矛』の一族の末裔。

□兒珠―/コダマ―
…外見不明、『社』を守る『盾』の一族の末裔。





なんだかんだでしょっぱなだけシリアスに。
これからギャグになる、間違いなく、ギャグになる予定。
たまにシリアスなりオカルトなりいれながら、ちまちま書いてきますねー。

初回はとりあえずオリジナルの嵐でした。
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by SSS-in-Black | 2007-12-17 21:38 | 【School】
放課後の教室。
その系統は、大きく二つに分けられる。
ひとつは、とにかくうるさい。何らかの形で集会が開かれているパターン。
もうひとつは、沈黙。ただしこれには細かく、まずは二つのパターンがあり、そこから更に分かれていく。
まずは、人がいないが故、当然ながら静かであるという状況。一方では、人がいてそれでいて静かだという現象。
後者は更に、いる人間の関係が平行線上にあるのか、あるいは直行に交わっているからこそなのか、と分類される。
――そしてその、一番部外者にとっては厄介な種類の沈黙が、その教室にはあった。


【静かなる殺意の公式】


「というわけで入れないな、こりゃ」
「あちゃー…なんでこういう時に限って譜面忘れたんだろ…」

ホームルーム教室、後方ドアの前。
二人の女子生徒が、内部が見えるよう填められた縦長のガラス窓より、静かな教室を眺めていた。
話す声は珍しく、極端なまでの小声。こそこそこそこそ、端から見ればただの怪しい人である、が、奇人変人だらけのこの学園において、この程度ではさほど目立たないのもまた別種の問題である。
確実に言えることはといえば、灸と縁、内部では当校きっての巨大勢力、その筆頭として名を轟かせている二人の女傑が、どこまでも困り果てているということである。

「これで入ったら空気読めないただのバカよね、あたしたち」
「カズなら許されるかもしんねーけど、生憎、こういう時に限っていねーしな」
「空気を読んで逃げたのか…或いは、空気を読めずにいないのか」

愛用パシリの不在を嘆く、嘆いていないように見えるがこれはれっきとした嘆きである、彼女らにとっては。
仕方なく廊下に立ち尽くし、灸は軽くへたりこみ、それは一体どこの不良だと言いたくなるような体勢で。

「お、灸…って、またかよこの状況」

返事する気力もねーんだよまったく、と言いたげな瞳を受け止めたのは、どうやら食堂帰りらしい紫兎。
横では斗粋が早速暇つぶしの用意にとりかかっており、相変わらず順応性の高い奴だと周囲に思わせずにはいられなかった。

「おい、そのポテト一本よこせ」
「あ、あたしにもー」
「…誰がやるか」

不機嫌は感染する。
その原因、根本はさてどうしたかといえば、縁がこっそり覗くに相変わらずの様子。
否、その顔が表すのは、明らかなる。

「…甘すぎて逆に耐えきれない…」
「…ご愁傷様です」

そう言いつつも、手には美しく研ぎ澄まされたメスが一本、二本、三本。

「斗粋、あの二人を」
「殺れって言われても、僕らもう十六は過ぎたんだから、下手に警察沙汰起こせないんだってば」
「そうですよねー。こちらにも火の粉が降りかかりますしねえ」

癖のある話し声、まるで何かの押し売りというか、とにかく怪しくしかしその奥に真相が隠れてるのではないかと疑いたくなる声。
ちなみに疑いたくなるのみで、実際はただ単に胡散臭いだけである、というのが実際である、という検証はさておき。

「あ、変態仮面」
「斉田さん、せめて『さん』をつけてくれないかな、『変態仮面さん』って」
「変態公認かよ」

冷静な灸。
現れたのは、国語科の若き新星にして変態四天王の一人と数えられている教師、勘解由小路八雲。
かでのこうじやくも、と初対面で名をきっちり読めた人は今まで数える程しか会ったことがない、という名前までも胡散臭い男だ。
しかし何が一番胡散臭いかといえば、その顔に常時装着されている仮面の存在であろうか。この由来がまた、無駄に長い。

「一ノ瀬さん、廊下では座り込まないでくださいね。まあ気持ちはわからなくもありませんが」
「だったら教室をなんとかして開放してくれ」
「いや、流石に僕もそれは…あの二人の逢瀬を邪魔したら呪われそうで」
「逢瀬って、どちらかといえばこっそりやるものですよね」

それは尤もである。
思わず頷き、そこで発言主に気づいた縁。

「あ、絢女ちゃん。ゴメンね、こっちまで来させちゃって…」
「いいのいいの。だって縁ちゃんがあまりにも遅いから、何かあったんだろうな、って」
「うん、まさに何かあってさ…恭臣君とかにも迷惑かけちゃって、マジゴメン」
「平気へいき。刹那君も真訪君も、あの三人は三人で練習はじめてるから」

恭臣、そして刹那と真訪。
三人が結成しているのは、学園内人気ナンバーワンのバンド『オーヴァー・ザ・レッドムーン』、略称『アカツキ』。
様々な路線のカバーやコピーから、代表曲となった『紅の月を超えて』といったオリジナルナンバーまで、その演奏は幅広く深いものとなっている。
そんな彼らと、縁、絢女らとのコラボレーションユニットが『4696』――シロクロ、である。
縁は元を辿れば、その譜面を取りにここまで戻ってきたのであった。

「で、入れそうなの?」
「いや、入ったら軽く失神どころじゃねーかもなこりゃ」
「若いですねえ、彼らも」
「いや、あんたも若いでしょ仮面サン」

紫兎の華麗なる突っ込み。

「いやいや、そういった若さではなくって、また別のわ」
「もう、だからわかんないって言ってるじゃん! ばかばかばかっ!」

そして華麗なる割り込み、こちらに向かってくる騒音。
思わず耳をそばだて、あいつらか、と落胆を隠しきれない一同。

「だからここは階差数列になるんだってさっき書いただろ…」
「でも腑に落ちないの、いまひとつよくわかんないのー!」
「じゃあ教室でまた…って、あれ?」
「…ウルサいぞそこの夫婦」

鏡介と風歌、その組み合わせとくれば、この学年の夫婦として有名なカップルである。
鏡介の手には山のようなコピー、対する風歌は問題冊子をぺらりと一冊。
どうも科目は、嫌でもわかるが数学らしい。

「…誰かコイツを止めてくれ…」
「それが旦那の役目じゃないのか?」
「ううん灸、それは酷ってものだと思うんだ」

二人のあとからついてきた、眼鏡っ娘の名をほしいままにしている蘭の言う通り、ただでさえ猫背で屈んだ鏡介が、また更に縮こまってしまっている。
この夫婦には、ご覧の通り果てしなく辛い主従ともとれる関係がつきまとっているのだ。

「とりあえずまずは真っ直ぐ立ってみない、鏡介君」
「まあ、これもまた愛ってやつですね」
「あ、仮面さんだー…数学はできませんよね」
「残念ながら。…でもまあ、まだ公式や方程式を駆使すれば解けるのだからよいのでは?」
「?」

意味深な発言。
いつの間にか高まりつつある廊下の人口密度に反比例するような静けさ。

「世界には――やや使い古された表現ではありますが――、公式では解けないことが、たくさんあるんですよ」

たとえば、と前置きをして遠くに声を投げかける。

「雨原君、因数分解では解ききれない二次方程式の解を出すには?」

遠くと近くの中間地点、階段を上がってきた雨原改閃と、隣には鳴滝紅乃。
この二人もまたつきあっており、やはりどちらかといえば妻の主導権が強かったりするのだが、それはさておき。

「…解の公式、ですか?」
「ご名答。…じゃあ紅乃君、ある二人の関係を導き出す公式は?」
「…? …ありますか、そんなの」
「うん、ない。だから言ったでしょう、公式で解けないこともあるって
「…しかも、難しいこと、多い」

ゆっくりと、改閃の背後からやってきた銀太。
寡黙である一方、犬の顔を模した帽子をしかも日替わりでかぶっているあたりに何か和み要素を感じる、そんな人物。
ちなみに今日の犬種は、黒パグである。

「そう。だから人の世界は数学の世界と違って答えもでないし、イコールで繋いだり置き換えたりができない」
「うん…確かに」
「で、時にこじれたり、修復が利かなくなったり…難しくて、私でもよくわからないことだらけですよ」

語るかたる、それは真理かあるいは偽り。
わかるようでわからない、言葉の魔術にしかし理解は示される。

「まともな変態仮面も珍しいよね」

ぼそりと縁が。

「槍が降るな、今夜から」

不吉な文句で返す灸に。

「何故、天祢先生は私の愛に答えてくれないのでしょうか…」

前言撤回。
やっぱり仮面は変態だ。

「ありゃ愛っていうかストーキングだろ」
「犯罪ですね」
「というより、仮面さんは存在自体が犯罪だから…」

本人に聞こえていても気にしない、これもまたルール。
仮面は天祢先生、同年代の同僚教員にベタ惚れで、という話は最近有名になりつつある話である。
天祢先生自体は彼を毛嫌いしており、しかしその裏ではツンデレ説やもうデキちゃってるけど恥ずかしい説等も流布している。
一貫して言えるのは、とにかく仮面は変態だという誤魔化しようのない事実だ。

「嗚呼っ天祢先生、今日もまた麗しい…!」
「なにっ、天祢先生だとっ!」

噂をすれば影、悪魔の話をすればなんとやら。
階段から下りてきて、半ば追われるように逃げてくる天祢と、追っ手の向緋。
手にはトレードマークと最早化した深紅の薔薇を、変態四天王二人目は駆けてくる。
それを迎え討つ…変態同士の嫌な戦いである。

「…はじまった」

表情も変えず、銀太が。
はじまってほしくないものが、廊下に広がってゆく。

「おお! 皆さんお揃いで、さあ薔薇をどうぞ一輪!」
「だが断る!」

立ち上がる反動を利用しての、灸の拳がクリティカルヒット。
女性と会うと薔薇を配るという奇行に、一部の例外を除いて女子はかなり悩み、むしろもう少し歪んだ気持ちまで抱いている。

「わーい薔薇ーっ!」
「風歌…」

で、その例外が、風歌。彼女の好きな花は薔薇である。
その隣で、旦那の背が、またもやへにゃりと折れていく…見ていられない程に。
しかし好きだからとはいえ、気絶した手からもぎ取るというのも、いや、強い。

「さあ天祢先生、怖かったら私の胸に」
「遠慮しておきます!」

変態につきまとわれ、ここにも可哀想な人が。
美人とは何かと苦しい目、辛い目に逢ってしまうのである。

「まったく照れちゃってほんと可愛いなー」
「うっ、うるさい!」

そしてどこからか、巨大なハリセンを取りだし、振り上げた瞬間。

「おい、うるさいから静かにしろ、廊下」

紅乃の隣で、開かずの、開けずの扉が、内側から開いた。
顔を出したのは――青吾。その脇にはしいながちまっと控えている。
即ち、教室内をあの憎いまでの静寂に満たしていた、二人。
則ち、噂の甘々バカップル。

「…」

この沈黙に、一瞬の張りつめた気配に。
もし、名を与え、この世の理と認めるならば。
誰もがこんな、行き過ぎた恋や愛といったものを、その影響を、結果を、公式化してしまうのだろう。
『静かなる殺意の公式』、と。







むしゃくしゃしてやった。
別名、三年を整理してみたよ企画。

…て、抜けてないよなさすがに、泣くぞ私…。
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by SSS-in-Black | 2007-12-12 21:14 | 【School】