小ネタ書き散らし用。


by SSS-in-Black

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手遅れの世界。
輪の最奥で一際高らかに、踊り上げるのは細き人影。彼は他の誰よりも、真実を曲げずに伝えている。
証は掲げた王冠に、滑らかな素肌に輝く栄光。
形無き、誰一人その尊顔を仰いだことのない神よりも、己の内包する恐怖を信じる、歪んだ世紀の生んだ感情。

「静火さん」
「…はい」

思わず返事が遅れてしまった。が、その基準となる巻き尺はどうしても彼女自身であり、一般的に見れば実に優秀な反応速度である。
小指の先ほども気に止めず、澄が差し出したのは一枚のメモ。

『こんなの?』

台詞の下からは矢印が伸びており、辿らなくとも目にはいるのは、名状し難き物体X。
澄の隠れた特技として、絵が上手いということを静火はわりと最近知った。具体的には二、三日前である。
特に好むのは悪魔や魔物といった異形の類で、澄に指示された分厚い書物を引き抜いた際、本棚からこぼれたスケッチはそのまま売り物になりそうな程。
『職業柄』、そういったものに対して豊富な知識を有する彼女でも、ところがそのメモに描かれたものに関しては無知であった。
四つ足歩行で全身を短い毛で覆われ、耳は驚くほど小さいが口と手は逆に立派だ。そこから生える牙も爪も、人間の胴くらい軽々と引き裂いてしまうであろう。
それでも彼女が『勝てる』と思えたのは、その化け物の大きさが、横に描かれた人間よりも少し大きい程度だったからだ。
…そこまで見て、ようやく気づく。

「…熊?」
「え」
『どうしたんですか御仕さん』
「あ、いや、えっと、その…私もそうだと思いますし、彼女とも意見が合致しました」
『それなら良かった』

電話主が聞きたかったのは、きっと情報の正確な形であろう。
森を哨戒中であった静火の見た『熊』と、森に迷い込んだ少年達の見た『森の主』が万が一、同一でなかったとしたら大変だ。彼らの見たものは本当に主だったという可能性が急激に高まる。

「では、また何かありましたら」
『何もないのが一番ですが…ではでは』

電話が向こうから切れた。
澄は少し馬鹿馬鹿しそうに、自らに向けて笑いかける。

「まさか熊だなんて、思いもしませんでしたよ」

情報を仲介する彼に先入観を与えないよう、静火は遭遇した対象については一言も告げていなかった。
ただ、恐らく主ではないとだけ。万が一に万が一を重ねて、細心の注意の上に会話を進める。

「初日からまた、波瀾万丈ですね」

ようやくここで、降ろされた受話器。フックに重みがかかる音。
骸が彼女の緑の瞳に像を結ぶ。有り得ない視線すら感じるのは、何かを伝えたいからか。
発声器官も何もない彼に辛うじてできたのは、折れそうな指先で大地に言の葉を刻むだけ。それもご丁寧に、こちらが読みやすいような向きで。

“Mement mori.”

そんな成句を、横たわる彼なりに、最大限の必死さで伝えていた。





『まずは明日の放課後、授業が終わり次第3Bの教室に来なさい。いいわね?』

彼女の名は、蒔夜風歌というらしい。
その人に胸の肉三ポンドを賭けられたかのように、二人はとにかく沈んでいた。
これがある有名な劇と同じ筋書きならば、シャイロックはきちんと制裁を受けることとなる。そんな希望すら、残されていないとなれば。

「まあ、悪い子じゃないんだけどね」

そうフォローするのはロシナンテ、否、カズ。
本来ならばその風采に突っ込まれてもおかしくない人物である。
何せ、ロバの耳に手、蹄。背丈は小学生並。常軌を逸脱どころではない、深すぎる事情がありそうなものを。

「はあ…」

天然ボケをかます柳に対し、突っ込み役に回る大地でさえ、ため息で打ち消す。

「まあ、注意が無かったとはいえ、森に立ち入った罰かな? あそこは本当に危険らしいからね」
「? そうなの?」

姉妹で並ぶ、蘭と雛菊。
蛍光灯の点る廊下に、伸びてゆく影。
時刻はじきに、午後六時をまわる。
これから彼らは寮に戻って、食堂で各自夕飯の時間となる。

「そのあたりはオカ研こそ詳しい筈だぜ? 今年は厳戒体制布かれてるしな」
「ちょっと灸、それは内緒…」
「いいんだよ、縁。…オカ研に関わるとなったら、知らなきゃいけない現実だ」

階段が見えてきた。
空蝶の校舎は特徴的な造りで、空から見れば綺麗な五角形をしている。
とはいえそれも辺だけのようなもの。内部は緑――森を囲うような、配置。
言うなれば壁、その角毎に階段があり、何処も均等に三階構成。
北西の向きに校門があり、

          門
        中央棟
         
一般教科棟  森  特別教科棟
                 
 女子寮←←生活棟→→男子寮
        

という状態だ。
現在地は、事務や職員室、講堂といった学園の中枢を担う中央棟。その二階にある保健室。
食堂は男女の寮の中継地点であり、合流と分岐の地点でもある生活棟にある。
一度生活棟を抜けないと、各々の部屋に行けないシステムだ。
そして、目指すはその一階。故に彼らがとったルートは、一般教科棟の廊下を抜けて、生活棟近くの階段を降りるというもの。

「…現実?」
「ああ、現実だ」

訝しむ柳、断る灸。

「どうせだから、軽く話してやるよ」

階段に踏み出す――その瞳は、真剣そのものであった。





同刻、一般教科棟、一階。

「おや、迷子かい?」
「!」

思わず神速で振り返った。
独りぼっちの放課後、廊下、映画のワンシーンのような夕焼けに染めあげられたモルタルの床。
一歩間違えばホラーであり、

「ああ…いやいや、吃驚させちゃったかな、宮藤さん?」
「お、多能先生…すみません」
「謝らなくていいよ、まだまだ不慣れだろうし。…何処に行くつもりかな?」
「いや、その、何処…とかじゃなくて…」

もう一歩くらい間違えば、ロマンスとなる景色。
頬が熱い、夕日のせいであろうか?
残念ながら、相手の表情は逆光の中。

「…食事まで、暇、でしたから」
「成る程。じゃあ、少しこのあたりを案内しようか」

ロマンスに傾く天秤。
亜梨奈にとっては憧れの、運命すら感じてしまう相手。
あの時、自分を守ってくれた、人。

「…僕も、まさかだったよ。新卒採用でこんな形になるなんて」

彼女の心境を察したのか、話の振り方が慣れている。
微妙な時期に転がり込んで、どこからどうやって、この空気に介入するか。
まだ友達はいない。入学式のどたばたは、クラスメイトと話すチャンスすらくれなかった。
そこに出来た隙間が、これだ。ここから入り込む空気だけで、十分、頼もしい。

「本当、わからないよね」

そう言って――彼は階段に、足をかける。





同刻、一般教科棟、三階。

「腹減ったなー」
「…刹那、涎垂れてるぞ」
「だらしないなあ」

『生徒会長飼育係』と陰で呼ばれている恭臣は、すかさず彼にハンカチを投げる。
片手にはコーラ、未開封。エネルギッシュな赤が、まるで今は魅力を欠いている。
辺りは真っ赤、じきに真っ黒。黄昏の笑みが空に浮かんで。
口数少なに書類を抱きかかえた真訪も、この時ばかりは笑ってしまった。
慣れ親しんだ、気の置けない、あまりにすてきなさんにんぐみ。

『二十五番、夜神刹那。俺がドラムやるから、それ以外募集中』

クラスでの自己紹介にて、一番最後の間抜け面が放った台詞は今でも心に突き刺さっている。
それから大した間も置かず、ノリと勢いでバンドを組んで、互いのことを深く知って。
それでもまだ、このバカな会長、略してバ会長の駄目さ加減。

「夕飯、なんだろ」
「さあ…でも梨乃さんはりきってたな、今日はハレの日だし」
「? 晴れてるのは当たり前だろ?」
「…。真訪、こいつ無視しようぜ」
「ああ、望むところだ」
「な、なんだよお前らだけ!」

その謎は、ただただ深まるばかりである。
苦笑しながらさしかかる教室、がらんと流石に無人の様子。
――いや、そうか?

「…」
「どうした」

いきなり真面目な顔の刹那。
いくら馬鹿だのアホだの言われても、見捨てられない理由がここにある。
やけに、勘が働くのだ。

「…誰かいたな」
「人間か?」
「さあ」
「…」
「少し危険な感じだった」

名は体を表すのであろうか。
彼が掴むのは、ほんの刹那の出来事。

「腹減ってなけりゃなあ…きっちりわかったのに」

だがいかんせん、これである。
本日何度目かのため息と苦笑をしつつ、

「…離れようか」
「ああ」

三人は階段を下ろうと、歩を早めた。





同刻、一般教科棟、森に面した外壁。

「…」

一人の少女が、窓枠に手をかけて、ぶら下がっていた。
刹那が察知したのは、十中八九、彼女のことであろう。
端正な顔立ちを少し歪め、何事か考えたその後に、空いている左手を器用に使い、携帯電話をさっと取り出す。
右手だけで全体重を支え、苦しげもなく会話を吐き出すハスキーボイス。

「もしもし…――第一幕が、始まりますよ」





耳障りな音。
ガラスを爪で引っかき回す、それでいて一回きりの邪念。
それに気を取られたからであろうか。

「あ、白」
「え…」

カズの空気の読めないコメントと、わけのわからない蘭の反応が、話し手と同時に自由落下してゆく。
全員が現実を掴まえた時、彼らは素敵に『落ちていた』。

「ひっ…」

思わず手を伸ばして、こすれた指先はシャツの感触。
セクハラまがいの体勢であったが、今はそんな場合ではない。どちらかといえば叫ばずに助かった。
亜梨奈をしっかりと保持している、多能の腕。

「ばふっ!」

奇妙な断末魔をあげ、刹那は床に軽く叩きつけられた。
その直後から襲う、衝撃、衝撃、衝撃のコンボ。何回だかは果たして数え切れず仕舞い。

「カズ…」
「あんた最悪…」
「ちょ、お姉さまがた、降りておりて!」

一番上で、早速制裁の拳を振り上げた灸と縁。
…どうやらちゃっかり、スカートの中を覗いてしまったらしい。
被害者はといえば心此処に在らずという風で、呆然と降りた床にへたり込む。
一番下で暴れているのは、柳と大地だ。

「なんだあ、コレ。防犯対策かなんか?」
「流石に違うんじゃ…ほら柳、立ちなよ」
「ああ」

隣では亜梨奈が多能にお礼を言い、なんだかちょっぴりいい雰囲気。
だが、楽観視はどう考えてもできない。

「何処だよ、ここ」

見た目は、学校の階段。
だが、窓から差し込む光は碧…夕焼けの朱ではない。
彼らがいるのは踊り場、見上げれば十重二十重に連なる階段の塔。

「知らないのかよ、バ会長」
「そういう灸こそ知ってんのかよ」
「あぁ!? やるってのかこのく」
「はいはいはいはい、二人とも落ち着いて」

ぱんぱん、と縁が歯切れよく手を叩いて、制止。
その音が、どこまでも反響していく。
上にも下にも染み渡る、観測結果。

「続いてやがるな…」
「少し上がってみる?」
「いや…それは止めた方がいいよ、綿池さん」

多能が止めにかかった。片手は相変わらず、亜梨奈の肩に触れていたが。
それがまるで、何処にも行かないよう制しているように見えてしまい、なんだか落ち着かない。
一方の亜梨奈は、顔色がすこぶる悪い。彼がいなければ倒れてしまいそうなレベルだ。

「先生は…えっと…」
「多能迅、1Aの担任で担当科目は保健体育。君の噂は職員室で聞いているよ、色々と凄いって」
「あ、はあ…」
「でもこういう時にまで体力に頼っちゃいけないね。それに、耳は良い方ならわかると思うけど…」

まだ遠くに、音が聞こえるような錯覚。
今放たれたこの言葉すら、遠くとおくへ駆けだしてゆく。

「うん、果てがない風に聞こえた」
「…。『バベルの無限階段』か」

落下の衝撃で暫くは飲めないであろうコーラを、傍らに置く。
恭臣の発言は、まさに騒ぎの核心を突いていた。

「畜生、頼りになる奴がこういう時に限ってさっぱりいねえ」
「どうする…応援も期待できないだろうし、この勢いじゃ」
「? 期待できないって…」
「ああ、新入生はご存じないよね? あまりいい話じゃなくて悪いんだけど」

縁の断りは、あってもなくても、あまりその後の展開は変わらなかったように、柳には思えた。
大地でさえも、朧気にしかその話はつかめていない。
要は、この『バベルの無限階段』は異次元のようなもので、他の次元、すなわち外部からの干渉は受けないということだ。
少なくとも、一般的な人間の力では。

「ところがどっこい、ここにいるのは一般的な人間ばっか、ってことか」
「ああ、こればかりはどうしようもねえ…」
「…いや、そうでもないかも」

次の、一つ上の踊り場の直前に座り、独り言のように呟いたのはカズ。
ひっきりなしに動く耳、アンテナのようにピンと張る尻尾。

「ちょっぴりだけど、隙間がある。これなら、電波くらいなら…通る、かも」
「え、あ、えっと…」

大地はポケットから携帯を取り出す、黒革のシンプルなストラップをつけた赤いボディ。
一瞬多能に目配せして、頷きで許可、電源を点ける。
一方の柳は、カズを見ていた。

「…あ、あの、柳君…? 僕に何か?」
「いや…その、」

突っ込むべきか否か、それが問題だ。
今日会ったばかりの先輩に、何故ロバ? と聞くのも変な話。

「凄いや…もしかして気づいてた? 『違和感』に」
「真訪、禁則事項をそんなぺらぺらと…」
「いいんだよ刹那。見たとこ、四人とも気づいてるみたいだし」

なんだか妙に嬉しそうだ。
まるで、同胞を見つけたかのような、子供めいた眼差し。

「彼は――」

携帯のバイブが二箇所で、鳴り始めた。
一つはこちらからかけても繋がらず、諦めかけていた大地。
もう一つは不安そうな蘭に寄り添い、どっちが妹だかわからない雛菊。
二人は丁度隣にいた多能――右から大地、多能、雛菊の順番で、柳には見えた――の方を見つつ、通話ボタンを押した。

『やっと繋がった! ねえ大地君、何処行っちゃったの? 寮母さんが血眼になって探してたけど…』
「葵か! それにしても…」

声が遠くにぶれて、明瞭には聞こえない。
電波状態がすこぶる悪い。いつ切れるかわからないような、一本の針の上に立つかのような不安定さ。
すぐ側ではやはり同じように、雛菊が不器用な会話を繰り広げている。

「雛菊、誰から」
「水城ちゃん」
『柳もそこにいるの? さっきから洋輔が電話してるのに出ないから…』

そう言われて初めて、柳は己の携帯電話を確認する。
蘭や灸、恭臣に縁、真訪、カズも確認するが、見事に圏外。着信履歴も綺麗にゼロ。
こうなると不思議なのが、一メートルも雛菊と離れていないのに、何故か繋がらない同じ携帯会社の縁や真訪だ。
何が違うと思いながら、行動に出たのは多能。二人の携帯を「ちょっといい?」と借り受ける。
右手に大地の赤、左手に雛菊の白。

「いいかい、通話状態にしたままだよ。

 仲井さんはそこで待機。
 君には本部係と連絡係をやってもらうことにする。

 鳩場君は寮母さんの所へ。
 彼女に電話をかけてもらって、まずは事務室の方に。
 『一般教科棟と生活棟の間にある階段の封鎖』をお願いしてほしい。
 次に職員室、阿倍野先生と八雲先生を至急呼びだしてもらう。
 ただし、一般教科棟と生活棟の間にある階段には近づかないように、と。

 合流場所は、君たちのいる食堂で構わない。
 今の指示が全部済んだら、仲井さんがそのことを報告。

 …そうだ鳩羽君。寮母さんに電話を頼むとき、合い言葉がいる。
 一度しか言わないから、よく覚えていて」

彼の唇が刻む、ひとつのうた。

「メメント・モリ」 





□蒔夜風歌/マキヤフウカ [3B]
…オカルト研究部部長、綺麗な人には毒だらけという言葉がぴったり。





また暫く停滞…かな…。

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by SSS-in-Black | 2008-04-06 18:58 | 【School】
「失礼します、怪我人がやってきました」

そりゃそうだ、だってここは天下の保健室なのだもの。
不謹慎な指摘は胸の内にしまっておくとして、しかし後続隊が恐ろしく多いことに柳が気づいたのは、もう少し後のこと。

「大丈夫冴木君、ねえ平気っ!?」
「ああ…平気、へいきだよ…?」

先頭は、右眉の上辺りを押さえ、その流血によりワイシャツが大惨事になっている男子。
彼の左腕に縋り付く、怪我人よりも動転しているのは、目鼻立ちのくっきりとした女子。

「冴木青吾に御堂しいな…怪我人はその酷い方だけよね? あと、そこのかすり傷だらけの新入生と」

まず椅子に招いたのは血みどろの方。
お客が多すぎても困りもの、未都はため息という名の悲鳴を上げた。
その後ろにいたかすり傷だらけの新入生、雛菊は雛菊で、ごっめーん、という仕草を柳と大地に向かって。

「あーもうなんで新学期から千客万来? しかも式の最中に貧血とかいう使い古されたネタじゃなくって?」

がたがたと包帯やガーゼ、脱脂綿を取り出す雑音。これでは内緒話など夢のまた夢。
いえいえそれほどでも、とジェスチャーで返信。
そんなこんなをしているうち、真面目眼鏡と豊かな胸元とのミスマッチで、愛嬌あふれる風貌の少女がちょっとした勢いで腰を曲げた。

「うちの妹がご迷惑を…っ!」
「いや、そんなことないですって! むしろ助かりました!」
「いえいえ…あ、私、蘭っていいます、綿池蘭。雛菊がいつもお世話になって…」
「あー…いつもってねお姉ちゃん、あたしさっき初めて喋ったんだけど、あの二人と」

そういや姉がいるって言ってたっけ、なんて思い出すのは大地の役目。
次いで寮長一ノ瀬灸、実行委員長斉多縁、彼女らの下僕美並一希。
灸はどうやら、この行列に途中合流したらしい。本来ならば例の会議に出ているはずが、挨拶をはじめとした入学式だなんだのごたごたに巻き込まれていたのだ。
そして最後に現れたのは、思わず間抜けな声を出して迎えた物体…否、人物。
最初は、ツヤ消しをした黒いゴミ袋かと考えた。が、それはあまりにもあまりな考えで。
常識を逸脱した背格好というのは、ここまでも思考回路を狂わせるものなのか。

「残念ながら、それは『森の主ジェヴォーダン』じゃありませんね」

あまり背の高くない柳でさえ、頭一つ分の大差をつけるような背丈。
ひょこひょこひょこ、と歩む度、周囲に異世界が広がってゆく。
その人物の形容には、あまり出来のよくない彼でも思いつけるぴったりな言葉があった。

「ま、まほうつかい…?」
「声に出すなよ…」

魔導士と言えるほど、残念ながら格好よくはない。それなら魔法使いの方が丁度良い。
それでもまだ足りなくて、最後の手段である平仮名表記に頼ってしまう。
まるで幼児向けの絵本に出てきそうな、床にまで引きずる黒いローブ。被ったフードからは真ん丸な眼鏡が、口元は小さくにこにこと。
身体の大部分を覆い隠しているため、体格や動きはわからない。その中で足を動かしているか、不安になるするするとした歩み。

「阿倍野先生まで…まったく、人口密度ひどいわよ、今のここ」
「押さえて押さえて、ね、桃井せんせ」

撫子さん、ナイス。臨界点絶好調突破中の桃井さんである。
それにも関わらず話を進める阿倍野、イコールマントのまほうつかい。

「今、御仕さんから連絡がありましてね。校則違反だからしっかり祟っといてくれとのことです」
「…へ? 校則違はぐぎゃ」

先ほどから黙って治療を受けている雛菊が唐突に口を挟み、中断された理由はやはり荒療治。
隣では冴木が、あっと言う間に頭部に包帯を巻かれ終えていた。出血はまだ収まらないようだが、微々たるものであろう。
そうなるとむしろ、血の抜けてきたショックに気づかされることになり、ちゃっかりベッドに倒れ込んでいる。
枕は勿論、しいなの膝枕。

「…空気読めよ」

けっ、と言い捨てた灸に、まあまあとフォローを入れる蘭。確かに空気読めではあるが、正直な所、どっちもどっちであろう。
入学初日から校則違反など、あってはならないことである。

「ええ、校則違反。ちゃんと見られてましたよ、」

入学式とその後の行程が終わり、解放された新入生。
そのうち一人が恐らく好奇心により森に侵入、もう一人が止めようと追いかける。
そこで『森の主』と遭遇してしまい、たまたま近くの校舎にいた雛菊が騒ぎを聞きつけ介入。
こなれた身のこなしで二人を救出したはいいものの、どこへ行くべきかわからない。
そこで思わず、目についた生徒会室にターザンロープの要領で飛び込んだわけだ。
…着地というか、内部の安全確保には失敗し、一名の怪我人を出したが。
そんな一部始終を語ってみせて、それにしても、と付け足すマント。

「さっきの入学式でありませんでした? 寮長諸注意かなんかで」
「げ」

あからさまに凍り付いた人物が一人。
ひょこりと振り返られた身体は、もう動かない。

「寮長…七不思議の話しか覚えてねーな」
「そんな重要なこと、あったら洋輔がメモしてそうだしね」

話題にもしただろうし、あいつ話の種蒔くの得意な方だから。
痛烈な事実を暴露され、既に逃げ腰、されど動けず。
つきつけられたのはアイギスの盾、メデューサの目に睨まれる。

「ですよねえ…一ノ瀬寮長?」

ふふふふふふふ。
確かに魔法使いだ、纏うオーラが紫と黒に染まってゆく。

「まあ、このことは私の管轄ではないですから、後で担当にこってり絞られてくださいね」

最後にハートマークを散らしながら、またもや恐ろしいことを口走る。
きゅる、と方向転換した瞬間、光の加減か眼鏡がきらり。たちどころに、効果は倍増。
ここがもしゲームの世界であったなら、余裕の極みで最強アクセサリーの座に収まっていたことであろう。

「でも、失敗は誰にもありますがね、とりあえず原因と結果は控えておくに超したことはないんです。というわけで、君たちが遭遇したものと状況について聞いてもいいですか?」

突然話題が飛んできた。対象は言うまでもない。
一度否定はされた、それをまさか問われるとは。しかも、いくら小さいとはいえども教員相手に。彼は実に立派な大人である。
それが真顔で、夢物語に取り組んでいる様が、新入生達には幾らか異質で、それ以上におかしかった。ただおかしいだけではなく、惹かれてしまう。
大人はリアリストだと思いこんでいる節がどこかで見え隠れする年代には、あまりにこの流れは不自然すぎて、好奇心やその奥にある無謀な本能が刺激された。
――だから嘘はつかない、あらゆる意味で。





懐古趣味な電話の呼び鈴が、凛々と空気を震わせる。
ダイヤルで番号を指定し、黒く塗られているところまでは、いわゆる黒電話という品である。問題はそこからで、執拗なまでの装飾があちこちに散らされて…それも趣味が良ければ、全く構わないのだ。

「もしもし、御仕です」

最早調度品めいた電化製品の奇怪な点、その第一には、受話器に横たわる骸骨を挙げるべきであろう。
番号には各々花を模した意匠があり、ダイヤル部もまた大輪の花を象っている。
更にこの位置からは見えないが、彼女は知っていた。まだここに来てから二週間もしていないが、あまりの不可解さに暇さえあれば佇んでしまうのだ。
側面には無数の人影、服装は様々だが中性欧州の貴族や聖職者が多いように見える。彼らは手を繋ぎ、輪になり踊る、人間らしさの欠片もない表情と立体感で。

「そうですか、それならいいのですが…速急に再発防止策を取ってくださると嬉しい限りです」

中性暗黒世界において、完全無欠なる美しきものの代名詞は、神であった。
故に、だ。故に人間を、人間味溢れるものとして形づくるのは禁忌であった。生き生きとした姿は作ってはならない、神以外の高貴なる存在はいてはいけないのだから。
さてそれではどうなったかといえば、この様である。
いざとなったら小学生にでも描けそうな、デッサンやバランスを無視した崩壊の光景。
終わりの見えない洞窟の中、繰り広げられる剣戟の狂想曲。そこへ聞こえるのは真黒き影の合唱隊、逃れられない断末魔。
いつしか舞踏に加われば、泡沫の鏡に姿を映す。

「そう、死者が出てからでは遅いですから」





電話は続いている。
その背後で我先にと動き出したのは、今までずっと扉付近で佇んでいた少女。
体重を預けた壁からふわりと立ち上がり、途端に存在が明確になる。
雛菊でさえ、さっきまであそこに人なんていたかな? と記憶をまさぐってしまう程…彼女は、存在感がまるでなかった。
人一倍早く思春期の森を潜り抜けて、本当の意味で美しく、女性らしく整えられた顔立ち。
花を飾るなら勿論紅薔薇だ。だがそれでは何かが足りない、ふわりふわりと遊ぶ霞草のような浮遊感が。
美しいのだがこさっぱり、彼女は口火を華麗に切り出す。

「ところで桃ちゃん」
「桃ちゃん言わない」
「例の物は?」

ああ、まったくもって無視か。
しかしいちいちそのことを指摘するのも面倒で、未都はやれやれと『ブツ』を取り出した。
この部屋に放り込まれた柳と大地が、

『名前だけはわからないから書き込んで』

と言われて書き込んだ、覚え書き――の、一枚めくった下から。
そういえば濃く書けと言われたな、大地が思い出した頃には時既に遅し。
現れたるは薄い紙、ひらりと一枚、ちらりと二枚。

「確かに渡したわよ、部長」
「はーい。ありがとね、桃ちゃん!」
「だから桃井先生とお呼び!」

牙を剥く。
怖い怖いこれだからとたじろぐ勢いに、冗談半分だとはいえども、悠然と迎え討つよう姿勢を整える。
武術や拳法の類ではない、言いようのない様相に、目を見張る。
野生の勘が危険を告げる。警鐘が鳴る、ガンガンと響く。
どこにあの気迫を詰め込んでいたのかが理解できない、一般人には理解できない空気を飲み込む。

(あれ、お姉ちゃんの友達、だよね?)

超然的な態度の前に、差し出されたのは命のカルト。
最大最高最強の賭、そうとも知らずに悲劇は始まる。

「というわけで、君達は晴れてオカルト研究部の部員になりました」

それは文字通りトラジティか、あるいはそれをも凌駕するコメディか。
罪なき二人の少年の運命は、入部届けと言う名のチケットに、軽々と翻弄されてしまった。
さあ、奈落への舞台が、始まる。





□冴木青吾/サエキショウゴ [3A]
…二枚目クール美青年に見えるが、彼女の前ではただの駄目な人。

□御堂しいな/ミドウシイナ [3A]
…冴木の彼女さんであり甘えん坊、それを除けばなかなか良い娘。

□綿池蘭/ワタイケラン [3B]
…雛菊の姉だが主に体型のせいでそうは見えない、学園のミスドジっ娘。

□一ノ瀬灸/イチノセヤイト [3B]
…学園寮長、喧嘩大好きのオレ様人間ですが実は歴とした乙女です。

□阿倍野晴章/アベノハルアキ [世界史]
…奇怪系小動物的教員、言動を見る限りオカルトに詳しいようで…?

□????/?????? [3?]





前開き過ぎ、もう一話投下予定。

[BGM:A Night Come's! /URAN→NightmeRe/SNoW]
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by SSS-in-Black | 2008-04-06 18:35 | 【School】