小ネタ書き散らし用。


by SSS-in-Black

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「じゃあ、酒の肴に…昔話でもしましょうか」





私は昔、傭兵をしていました。
まさにこんな酒場――ここは料理屋ですが、雰囲気としては同じです――を塒にして、拠点としていました。
あの土地はこのあたりとは比にならないくらい魔物が跋扈していまして、変な話、男は傭兵になって金を稼ぐのが当たり前だったのです。

元々辺境地帯からの流民で、それでも人々は暖かく『私たち』を迎えてくれました。
その時からフィフィはいました。まあ、真っ当な黒猫で、今のようにお喋りはしませんでしたが。
それから、幼い弟。私が初めてあなたに出会った時よりも幼い、小さな弟。
私たちの村は突然現れた一体の魔物に襲われて、武器を取る前に壊滅させられてしまいましてね。
戦う力のない者はすぐに隠れましたが、我が家は両親とも傭兵だったので…残された者は、散り散りになるしかなかったのです。
ひたすら歩いて、両親から叩き込まれていた最低限の体術で魔物を追い払い、なんとか街へ辿り着きました。

それだけで十分、運は良かったのです。
街の人に事情を話すと酒場に連れていかれまして、傭兵にならないかと誘われました。
弟はとにかく、私は一刻も早く稼ぐ手段を見つけなくてはなりませんでしたからね。直ぐに入団試験を受けましたよ。
入団してからしばらくは、いわゆる雑用係でした。その傍らで見習いとして、戦う術を仕込まれました。
最初は体術、格闘術と武器を用いないものを。それから剣、槍、棍、斧、鎚、弓…楯なんかもやりましたね。ありとあらゆる武器となるものを扱いました。
使える手段が増えて初めて、私は戦場へと赴きました。あの時は…確か、槍で挑んだはずです。
あなたもわかるでしょう? 槍は攻撃範囲が広くなりますからね。十字槍などは、守備も堅くなります。
…とにかくこの日から、私は傭兵として血にまみれる人生を歩み始めたのです。

さて、ある酒場を傭兵団は拠点にしていたわけですが。
もちろん酒場ですから、傭兵団員以外の人物もいます。
それは料理人であったり、気のいい店主であったり、屯する輩であったり。
そこにはまた、看板娘…いや、歌姫がいたのです。
私は同い年の彼女と、忽ち友人になりました。
彼女も魔物の襲撃により両親を喪ったとのことでしたが、肝心のその記憶がないのだと言いましてね。
悲しみや苦しみに過去を手放す人間が多々いると知っていた私には、さして珍しいことではありませんでした。
むしろ――嫌がられるとはわかっていましたが――、彼女に対して深い憐憫と情愛を抱いてしまったのです。





「…って、吹き出さなくてもいいじゃないですか、貴重な酒を」
「いや、これは水さ。水だけど、吹かざるを得なかった」
「やはり、私のこのような話じゃ肴にはなりませんかね…」
「肴にはなるんだけどねえ…なんかさ、メイザスが恋愛に走る姿を見たことがない。むしろ見たくない」
「そこまで言いますかクレオさん」
「だってさ、メイザスには世の中を達観した感じの印象があるんだよ。それが若さからだとはいえ…」
「まあ、覚えてないくらい若かったのは確かですが」
「それにさあ、なんか…なんか、違和感がある」
「なんですかそれ」
「わからない。…それこそメイザスは、恋愛より仕事に走りそうだからかな、あたしみたいにさ」
「ああ、なるほど」
「…納得するな」
「すみません。…さて、続きといきましょうか」





彼女にはそんなこと、当たり前ですが言えません。
ですがいきなり離れるのも妙ですから…私は彼女の側にいました。
昼間は訓練、黄昏は仕事、真夜中は逢瀬。ね、実に分かりやすいでしょう。
月日が流れて私は成人し、弟も私が世間に放り出されたくらいの年齢になりました。
あの猫はいつしか老いて、死んでしまった…そのくらいの、年月をかけて。
その頃には私と彼女の仲も少しは縮まりまして、でも、互いを恋人と呼ぶには幼かった。
想ってはいても、言えないことって、ありますよね? …その典型だったのです。
いつまでもこのような、糖蜜の中の微睡みに浸っていたいと…彼女を傷つけるよりはいいと、感じていたのです。

しかし、歯車は廻っていたのです。

ある日、団長が血相を変えて昼間の訓練場に飛び込んできました。
奴が来た、とだけ言って、地に伏した…背中には派手な切り傷。
武器を持ち表に出、驚いた以前に…私たちは、言葉を失いました。
その日の朝は雲一つない青空でしてね、彼女が上機嫌で歌を口ずさむくらいに。
それが今では、真っ白な羽毛に覆われていたのです。
皆は即座に、一つの可能性に行き着きました。
あれは、天使族だと。

あの世界――いつか話しましたよね、私がこの世界の者ではないと。まあ、半信半疑で構いませんが――では、人間と魔物、天使とは三つ巴の関係にありましてね。
ただ、天使はとても誇り高い種族でして、滅多なことがないと襲いかかってくるどころか姿を現さず…。
これは後々知ったのですが、彼らはどうやら個体数が増えすぎ、すると外部へ膨張しますよね? そう、領土拡大のために侵略活動を行っていたのです。
否…彼らに悪意はありません。何せその誇りの高さは、その翼を傷つけられただけで自害するほどですから。
恐らくそれは、避けられない『聖戦』だったのでしょう。

私たちは、恐慌にとり憑かれました。
私も弓は使えましたから、それで狙いをつけて、鋼鉄の矢で挑んだのです。
ただ、それでは埒が開かない。翼を射て、矢を手に取り、弓につがえ、放つという行為…時間がかかりすぎるのです。
連射可能な強弓の使い手たちがいくら努力しても、彼らは接近してくる。
空を飛ぶ翼がある分だけ、彼らは私たちよりも強い。それが弱点であったとしても。
私は槍を中に置いてきたことを後悔しました。あれならば、誘い出して傷つけることもできるのに、と。
全員が突然の侵略者に、希望を失いかけていた…。

そういう時は、必ず奇跡が起こるのです。

いきなり天使たちが、撤退を始めました。
私たちの誰もが、その理由もわからず…しかし私は、拠点を守っていた私だけは、それを見たのです。
あたりは血に塗れた白の絨毯。私も白い雪のように降り積もる羽を払うことすらせず、幻想だと思ったくらいでした。
――歌が、聞こえたのです。
それはとても透明な、声にならない歌声。
耳では聞こえないのです。でも、心には響く歌。
ふり返れば彼女が、半壊した拠点の中で、燦々と降り注ぐ白い光を背に、朗々と魔術を歌いあげていました。

目があった瞬間、彼女は銀色に輝く何かを私に放りました。
恐怖に見開いた瞳、硝子色のそれは暗闇に呑まれたような――私は前に向き直り、今まさに飛びかかってきた天使を、撃ちました。
何体かは魔の歌声を潜り抜け、根元を絶とうと躍りかかってきたのです。
が、私はその白銀でつくられた銃で応戦しました。

彼女がそれを、全く違う意図で私に投げて寄越したのに気づくのは、まだまだ時間が要りました。
でも、今ならわかります。
…彼女は自分を、私の手で殺して欲しかったのです。





「…物騒な話だな」
「ええ。…これから更に、物騒になりますが」
「そうかい。…昔話にしては、重いな。辛いならやめてもいいんだよ?」
「…聞いてる方が辛いのなら、止めますが」
「…続けてくれないか。あんたのことを少しでも知りたいからね」
「悪趣味ですね」
「…腐れ縁としての矜持だよ」





全てが終わったかのように見えました。
ですが、これは隣国の崩壊に繋がる布石だったというのは、別のお話。
辛くも手に入れた勝利に、私たちはまず休息を求めました。
団長の怪我も命には別状無く、それでも重傷は重傷です。
そこで彼は、私を連れて近くの山麓の村へと移りました。そこは竜神の加護もあってか、怪我や病の治癒を早めるというので。
さて、出立の朝、私は弟と別れを済ませて表に出ました。が、そこにいたのは、二人。
一人は団長。そしてもう一人は…歌姫。
理由を聞けば、どうもこれから行く村で、彼女はかつて保護されたのだということでした。失われた記憶と対峙する勇気と共に、彼女は付き添うことにしたのです。

山麓の村は、木々のつけた小さな黄色い花の香りに包まれていました。
団長は治療に専念するため、私と彼女は二人で様々な場所を巡りました。
泉に花びらを浮かべ、木立に子供たちの影を見守り、森にまとわりつくような静寂を求めて。
たぶん、村の隅々まで、私たちは足を延ばしたのでしょう。それでも時間はたっぷりあったし、彼女の記憶は欠片さえ浚えない。
二人で年甲斐もなく、子供みたいな小さな冒険をして、そして、子供みたいな恋をしていた。
自覚が芽生えて、いつの間にか手を繋ぎ、いつの間にか肩を寄せ合い…そんな幼稚な恋愛も、あるんです。
何かに自然と惹かれてゆく。それが何故なのか、どうしてなのかもわからない。
でも、愛おしいと感じてしまう。
私の長い初恋は、ある刹那ふいに、叶えられました。

今でも思い返します。――あれは本当に、愛だったのかと。
単なる思いこみであると、咎められるのが怖くて…だから、とても幼稚な恋愛なんです。
息が出来なくなるまで解け合い、感覚が消え去るまで触れ合った。
少しでも離れていると不安で、まるで何かの仔のように、抱き締めあっていた。
…それはゆっくりと、それぞれの首を絞めてゆくのにも似ている行為。

それは、ある新月の夜のこと。
とうとう、裁きの時は訪れたのです。

いつものように私達は、泥のような沈黙の中で、互いを確かめ合っていました。
吐息でさえ、鋭利な刃のように心へ突き刺さるような、そんな真夜中。
まさかそこへ本物の刃が現れるなんて、思ってもいないでしょう?
それは帳を切り裂いて、壁にとすん、と収まりました。
愛する者を守るための武器を引き寄せて、一撃、二撃…腕の中で小さく怯える彼女を、安心させるためだけに。
いつかのような暗闇に呑まれたような瞳を、銀糸のような睫の合間から見たことだけは、今でもはっきりと覚えています。
残念ながら襲撃者の倒れた手応えはありませんでしたが、それでも、私は彼女を守れただけで充分でした。
…小さな世界を守ったことで、私は英雄となったのです。

眠れない彼女を落ち着かせるためには、時間が要りました。
だからといって、私には彼女の頭を撫でてやることしかできません。そのままきつく抱き締めて、窓からは決して覗き込めない部屋の死角へと潜り込みました。
床には刺客の放った攻撃で無惨にも倒れた花瓶と花の残骸が散り、それでも美しい香りが鼻孔をくすぐりました。
その光景を見ながら、彼女は思い出したように、私にあることを聞いたのです。

「真の名前」はありますか、と。

あの世界には、三つの名前がありました。
一つは、先祖から受け継いできた名前――「血の名前」。
一つは、両親から生後貰い受ける名前――「家の名前」。
そして、成長の中で自分でつける名前――「真の名前」。
真の名前は大概の場合、持っているならば最初の一音のみを伝えます。
その全貌を伝えられるのは、自分が魂を預けられる人間だと信頼した相手だけ。
大国の王家だと逆にそれを利用し、共通の「真の名前」を語ることで周囲での連携を深めていたという事例もありますね。
まさに、先ほどちらりと出てきた亡国がそうでした。…今はちゃんと生き延びた王子と王女が国を取り返して、復興しつつありますが。
で…私は戦いに明け暮れるうち、「真の名前」のことをすっかり忘れていたのです。
彼女はそんな私に、ある提案をしました。

私があなたの「真の名前」を、あなたが私の「真の名前」を、それぞれつけあおう、と。

確かにそのような風習の土地もあるようで、私は直ぐさま承諾しました。
…とても思い意味を持つ、儀式めいたことを、彼女と行う。
それだけで私は、彼女を鳥籠に閉じこめて、私も共にそこへ入り、誰の目にも留まらないように隠しておくことが、出来るのではないかと夢想したのです。
…本当に、幼い感情。故にその拘束も、はたと思いついたのです。

私が彼女に贈った名前は、「アルディロード」。
彼女が私に贈った名前は、「ゼクセン」。

あまりに似た思考に、二人ともしっかり笑ってしまいました。
この二つの名前は両方とも、伝説の勇者の名前だったのです。
そして困ったことに、性別は逆…少しでも自分と近しくなるよう、呪いをかけたのでしょう。
そうやっている間に夜は更け、あっという間に陽が昇り、一番鶏の鳴き声で私達は眠りに落ちました。

それが、残されたさだめの、最後の平和なときであると、知らずに。

陽が高くなり、それでもあまり時間は経っていませんでした。そうですね、少しお寝坊な人が起きるくらいの時間でしょう。
私は一人目を覚まし、そういえば、と襲撃者の名残…壁に刺さったままの、鋭利な短剣を見ました。
証拠品をわざわざ残して回収しないような手口には、必ず意味がある。裏を読め、といいますよね、何に関しても。
案の定、その柄には手紙がつけられていました。誰宛なのかもわかりませんでしたが、なんとはなしに、読んでみようと思いました。
たとえ私宛てでなくとも、彼女宛てなら謝ればいいし、間違いならば悪気はない。
そう考えてから、私は紙縒状に捻られた手紙を丁寧に開きました。

手紙の内容は私宛て、『メイカ・リリアス様』ときっちり名指しで本文が始まっていました。
しかし、綴られていた内容は…信じがたいことの連続だったのです。
夢の続きなのではないかと疑うほどに、その手紙には現実を超越したことが書かれていたのです。
どこにその証明があるか、さえ…そう、それこそあの世界で一番有名な神話の出来事が、現在の状態に置き換えられて語られているのです。

―待ちわびたぞ、《女神の器》よ。

一読し終えて、馬鹿馬鹿しい、と手紙を破り捨てようとしたまさにその時でした。
背後から聞こえてきたのは、間違いなく、彼女の声。
ですが、その実質は、もっと邪悪なもの…。

―私は、《魔王》アルディロード。

『…あなたと共にいる女性は、《魔王の器》の転生体です。
 《魔王の魂》は封印を破り、《器》を求め…探しだした暁には、《魔王》として覚醒します。
 その時が近づいていることを、《女神の器》であるあなたに、忠告いたします。
 どうか私が彼女の暗殺に失敗した時は、覚醒する前に、彼女を殺してください。
 辛いことであると、重々、理解しております。ですが、これはこの世界の危機なのです。…』

―お前が完成する前に、私が完成したのは幸いだ。
 しかし残念ながら、ここには私の眷族が少ない。


眷族が少なくとも、未完成の私と完成された《魔王》では、明らかに相手の方が強いではないか。
…そう、脳裏では冷静に思考を巡らせていましたが、私はどうしても、目の前の事態を信じられませんでした。
姿形、声色は彼女のままなのに、その言動や意思は《魔王》を彷彿とさせる。
あの時まで隣で肩を震わせていた少女が、今や目の前で男のように振る舞っている。
脅かされていた恐怖を纏い、あの純朴さを捨てた歌姫。
硝子色の瞳が映すのは、沈んだ暗闇。

―だが幸運なのはお前とて同じ。
 …私はまだ、形としては完成しても神としては未完成でね。
 つまりどういうことかといえば、お前の腕次第で私はまだ封印できるのだよ。
 そうだな…私が覚醒するまでの短い時間に、この娘の器ごと砕いてしまえばいい。
 器の在処は、


すらり、と銀色の髪を梳いていた右手が伸びました。
縮まる距離。細い指先がついに触れたのは――私の、左胸。
何時になく脈打つ心臓が、責め立てるかのように、その動きを加速させる。
…彼女ごと殺せ、と。

―ああ、よくわかったな。
 未完成ながらも《女神の器》だということか。
 本能がきっと、お前の気づかぬうちに、《魔王の器》へと近づいたのだろう…。
 しかも愛してしまうとは! 私は覚えているよ、お前がこの器に誓った愛の言葉を!
 嗚呼…悲劇だ。悲劇さ悲劇だよ!
 どちらにせよ、どちらかは死ななくてはならない!
 こんな上出来な悲劇は他には無い!


私はいつの間にか、床に膝を突いていました。
彼女の豹変と、魔王の障気に中てられて、立っていられなかったのです。
それでも無理矢理に、細い指がそれこそ顎に、頸に食い込んでくる。
とうとう窒息しそうな頭で、朦朧とした意識のまま、私は過去の躓きを考えていました。

――もし、彼女が目覚めなかったら。
――もし、この村へ共にやって来なかったら。
――もし、襲撃の折にあの銃を受け取らなかったら。
――もし、私たち二人が出会わなかったら、よかったのに。

そうすれば、悲劇の主役は揃わなかった。
あるいはこんな形で、最悪の事態にはならなかった。
ないしはもう少し違った未来が、訪れたのかもしれない、と。
…そこに無いものを強請り、叶わぬことを願い、有り得ないときを嘆く。
それは歪んだ、初恋の真実。

―時間をやろう。
 彼女を選んで世界を殺す。
 世界を選んで彼女を殺す。――どちらでもいいし、他の手もあるといえばある。
 惜しむべきは、お前に残された時間は少ないということだけ。
 …真夜中に、もし生きていれば、


ま、タ、あ、オ、ウ。

…彼女の躯から唐突に、力が抜けました。
頸に架けられた手はそのまま垂れ下がり、私のことを抱いていました。
――暫くの間、私は何処かで思考を止めて、彼女の顔を見ることさえできず佇んでいました。

細い器を慎重な手つきで寝台に乗せてはじめて、私は彼女が彼女のままであることを確信しました。
幼子のように無防備に眠る。それは私を信じてか、あるいは私よりも力があるからか。
櫛も入れずに乱れた長い銀の髪が、迫り来る黄昏の金色に染まるのを目にして、私は考えました。
追い詰められた二人が、一番幸せになれる方法を、まだ探していたのです。
四方を硬い石と石膏で固められたにも関わらず、完全な密室から脱出しようと爪を立てていたのです。

このまま二人でいれば、二人とも呼吸ができなくなる。
ならば、魔王の言うとおり、どちらかが死ねばいい。
そうすれば…残った方は、まだ息をしていられる。

『…覚醒する前に、彼女を殺してください。…』

ゆっくりとした、水の中に浮かぶように形の掴めぬ論理展開。
ひとつひとつの言葉を反芻して、でも、結論が出たのは瞬きひとつするより早く。

その意味を噛みしめながら、私は…さだめの時を待ちました。










それは、下書き保存をしようとしたときのこと。
送信ボタンを押し…いきなり警告テロップが表示されてしまった。

「あと三千文字くらい削らないと保存できません(はあと)」 by.エキサイトブログの精霊さん

と、いうわけで…このお話は泣く泣く、前後編となってしまいました。
だってまだやりたいエピソードが! 削れないお話が! 文字数足りません!
…あの、こっそり中編とかできても、怒らないでください…ほんとうにすみません…。

キリの良いところで切ったら、なんだかメイカさんの惚気話みたいになってしまった…。
大丈夫、後半の前半は、もっととんでもない ←

タイトルについては、後編(仮)とも関わるので少々お待ち下さい。
あるSF小説にものすごく感銘を受けた結果です。つまりはお待ち下さい。

なんだかもうすごく語りたいのですが、やっぱり後半で!
クレオさんといっしょに耐えててください、いつになく異常な雰囲気の小説に! orz
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by SSS-in-Black | 2008-07-17 19:00 | 【Re:MF】
黄昏の空に向かって、思い出すことはひとつだけ。
いつか両親に教わった、守るべきものの記憶だけ。

「クレオ」

吹き荒れる風に掻き消されそうな声。
振り返れば、相棒がやや疲れた様子で立っていた。
多分、この丘をここまで登るのに、ただでさえ少ない体力を総動員したのだと思う。
でもそれは、言わない約束。彼はきっと、そんな自分を更に許せなくなってしまう。
これ以上、仲間が窶れていくのを見るのには、耐えられない。
殊に、クラウスは少女のように痩せているのだから。背丈こそ変わらないのに、体重は向こうの方が軽いときている。

「…い、聞いてるのかクレオ」
「ああ、ごめんごめん。ちょっと、考えごとしてた」

おい、だなんてどやしつけても、下手をすれば相手を逆上させるだけ。
だから奴は、親しい相手にしかそんな言葉を使わない。幼い頃から二人して教え込まれたことだ。
ただ、そこまで経験を共有していても、やはりつなぎきれないものはある。
たとえば奴にはない、両親に優しくされた記憶、とか。
それでもあいつとはつながっている、とても大切な『記憶』のお陰で。

「…珍しいな」
「そうかい? 四六時中だと思うけど」
「いや、あまり仕事に関係ない考えごとはしない質だろう」
「あー…ばれたか」

流石、相棒。
とりあえず敬意を示すため、奴のいるあたりまで少し下りてやる。
どうも予想は大当たりで、いつも通りの厚着がさらに疲れを倍増させているようだ。
上着ぐらい脱げ、と言いたいところだが、それはクラウスが一番嫌がることだから黙っておく。
言うだけならまだしも、実行に移そうなどすれば――いくらそれが親切から出たものであっても、奴は躊躇いなく手を下す。
正しくは、奴の影に潜む精霊が。

「で、何の用事だい」
「メイザスが呼んでいる」
「…あの気まぐれめ…」
「あまりあの人を、気まぐれ扱いしないでほしいわ」

ほら、出てきた。
最初はただの紅い瞳だけだったものが、影から浮き彫りになる。
平面が立体に、立体が猫の形をした精霊となる。
否、厳密には、精霊ではないらしい。そうメイザスもクラウスも言うのだが、残念ながら魔術に縁のない自分にはわからない。
元の『飼い主』であるメイザスがいつかわざと難しく語ってくれた、蜉蝣の羽根をもつその存在。

「フィフィ、盗み聞きはいけないわよ、淑女として」
「あら、あなたなんて日常茶飯時じゃない」
「まあね。あたしは淑女じゃないから」
「そうよね、淑女ならあの人のことをそんなぞんざいには扱わないものね」
「…フィフィ、そのあたりにしておけ」

ふわふわふわ、と薄い肩にちょこんと佇む。勿論、クラウスの。
命を狙われやすい割には戦う術を知らず、だからといって常に護衛をつけるわけにもいかなくなり、成立した共生。
本人も最近は気にするようになったのか、メイザスを師としつつ弓を習い始めた。筋はあるようだが、それでもまだまだ実用性には欠ける様子。
彼は軍師、知略と謀略とで敵を陥れる者。
そんな軍の重要人物すら十分に守りきれないほど、こちらは疲弊している。

「で、メイザスは何だってんだい? まさか夕飯とかじゃないだろうね」
「馬鹿な。…内通者の摘発があったそうだ」
「…。成る程、急を要するわけだ」

またか。
この頃の告発数は、恐ろしいほどの勢いで増えつつある。
反乱軍、すなわちレジスタンスは、この土地に後から移り住み自分たちを迫害してきた『魔導人形』に対抗する組織として結成された。
とはいえ、圧倒的なまでの物量と兵力の差が、それを苦しめているのは事実。
それならば、明日を確実に生きるためなら、あるいは生かしてやるためなら、敵に協力した方が良いというものだ。
残念ながら、そう考える連中は、後を絶たない。
うまく敵の口車に乗せられて、かつての仲間を窮地に追い込む。

「…畜生」
「クレオ。…彼らに罪はないんだ」
「ああ、わかってるさ」
「お前にも、罪はないんだ。…行くぞ」

爪先を旋回させて、風に暴れる銀色の髪が夕焼けの朱に染まる。
沈みゆく今日に背を向けて、相棒は歩き出す。
不器用な慰めは相変わらず。しかもそれは本人の意図と真逆に働くからたちが悪い。
――もっと、しっかりしなくては。

「…」

現実から目を反らしてはいけない。
人の心は、人の存在は、ただ移ろい往くものだ。
ならば、誰が碇をそこに降ろそう。誰が城をそこに構えよう。
誰が信念を、そこに貫こう。
たとえ点けたとしても、たやすく消えてしまう灯火を、誰が守ろうと思おう。
――否、簡単に崩れてしまうものだからこそ、守り抜く誰かがいなくてはならない。
圧倒的な絶望の中に、無謀な希望を抱く誰かがいなくてはならない。

「おい」

肩に置かれた、小さな傷跡に彩られた手。
それさえなければ、女の自分よりも綺麗な、繊細な手。
まだ、血に塗れたことのない、無垢な手。
だが、沢山の存在を血の海に沈めた、その指揮をした、策を弄した、罪業の手。
だけど、それを厭うなんて馬鹿なことは、絶対にしない。

「…ああ、度々すまない」

あたしも全然、変わらない。
あたしも、それに、父も、母も。
ずっと、旗を守り抜いてきた。
傷ついて、傷つけて、それでも諦めきれなかった。
昔、むかし…もう追いつけないくらいの過去から、つないできた『記憶』。
それが人々を、つなぎつづける。

「いこうか、クラウス」
「…言われなくとも私は行くつもりだ、クレオ」

たとえば二人を、相棒として。

「…可愛げのない奴」
「まあ、まだクラウスの方が可愛げもあるのに…」
「なあフィフィ、『も』って何だ『も』って」
「さあ」
「さあ、じゃないわよさあじゃ」
「…もう少し静かにあるけ、騒ぐな」
「はいはい」

去りゆく夕日に別れを告げて、暗い大地へと歩いて往く。
靴の下へと踏み出す土地は、痩せ衰えて嘆きを漏らす。
それでもいつかは、いつかはきっと。
もし自分たちが、どこかで倒れてしまったとしても――。

「わかってるって」

――黄昏の空を背にして、思い出すことはひとつだけ。
いつか誰かに語り継ぐ、守るべきものの記憶だけ。






『Marionette Fantasia』より、ぽっと出クレオ主体の短編。
レジスタンス組は三+一人全員に思い入れがあります、強すぎるほどに。
何らかの形で書けたらいいなあ、と。

もう、思いつきもいいところです。
タイトルの英文はシェイクスピアのことばより転用させていただきました。
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by SSS-in-Black | 2008-07-14 14:44 | 【Re:MF】