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小ネタ書き散らし用。


by SSS-in-Black

【100-18】願望

そこに、ある鏡があった。

鏡は常に真を映すものであった。


昔々、ある国に、他人を信じられない男がいた。

騙されるのが怖くて、男は部屋に閉じ籠ってばかりだった。

そのため、男は希望や未来というものを捨ててしまった。


ある日、男の妹が、鏡を彼にもってきた。

旅の商人より買ったそれは、美しく澄んでいた。

男は鏡に映る自分の顔を見て、絶望した。


瞳に光が無いことに、気付いてしまった。


それは他人を恐れるせいか、わからないが。

男はあまりに醜悪な、そして愚かな瞳を呪った。

まるで希望も未来もない、自分自身を代弁するかのような、濁った瞳。


やがて男は狂ってしまった。


自分を陥れる他人が悪いのか、他人を恐れる自分が悪いのか。

騙し合いによる日々が悪いのか、日々を造り出す何者かが悪いのか。


ヒカリを、光を、我が瞳に、神よ。


忘れたはずであった神への祈りを毎日欠かさず天に捧げても、神を誉め称える言葉を唱えても。

他人を受け入れようとしても、外で太陽の光を浴びても、男の願望は叶わなかった。


絶望の縁に立たされたまま、ついに男は鏡を叩き割った。

割れた鏡の欠片が飛び散り、いくつかは男の瞳に突き刺さった。


それからなのだという。

鏡のように、万物の実相を映す、不思議な瞳を持つ人々が現れたのは。

鏡を割った愚かな男の子孫、『星薙の一族』は、現在、ほんの僅かしかいないのだという──。





+ + + + +

【鏡】…正式名称は『星薙鏡(せいていきょう)』というらしい。何か強大な力を秘めた一品だったのではないかという噂もある。

【男】…『星薙の愚者』とも呼ばれる。ただ一枚の鏡によって狂い暴走した者。

【妹】…『星薙の聖者』とも呼ばれる。ただ一枚の鏡によって奇跡を生み出した者。

【星薙の一族】…ほしなぎのいちぞく。女尊男卑の珍しい一族で、現在滅亡の危機にある。物の実相を見極める、言わば『鑑定』の能力を大半が持っている。

【星薙の物語】…神国に伝わる物語のひとつ。他人を信じることについてが述べられている。
by SSS-in-Black | 2006-12-27 00:06 | 【100 title】