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小ネタ書き散らし用。


by SSS-in-Black

【Re:MF】記憶 -The wheel comes full circle.-

黄昏の空に向かって、思い出すことはひとつだけ。
いつか両親に教わった、守るべきものの記憶だけ。

「クレオ」

吹き荒れる風に掻き消されそうな声。
振り返れば、相棒がやや疲れた様子で立っていた。
多分、この丘をここまで登るのに、ただでさえ少ない体力を総動員したのだと思う。
でもそれは、言わない約束。彼はきっと、そんな自分を更に許せなくなってしまう。
これ以上、仲間が窶れていくのを見るのには、耐えられない。
殊に、クラウスは少女のように痩せているのだから。背丈こそ変わらないのに、体重は向こうの方が軽いときている。

「…い、聞いてるのかクレオ」
「ああ、ごめんごめん。ちょっと、考えごとしてた」

おい、だなんてどやしつけても、下手をすれば相手を逆上させるだけ。
だから奴は、親しい相手にしかそんな言葉を使わない。幼い頃から二人して教え込まれたことだ。
ただ、そこまで経験を共有していても、やはりつなぎきれないものはある。
たとえば奴にはない、両親に優しくされた記憶、とか。
それでもあいつとはつながっている、とても大切な『記憶』のお陰で。

「…珍しいな」
「そうかい? 四六時中だと思うけど」
「いや、あまり仕事に関係ない考えごとはしない質だろう」
「あー…ばれたか」

流石、相棒。
とりあえず敬意を示すため、奴のいるあたりまで少し下りてやる。
どうも予想は大当たりで、いつも通りの厚着がさらに疲れを倍増させているようだ。
上着ぐらい脱げ、と言いたいところだが、それはクラウスが一番嫌がることだから黙っておく。
言うだけならまだしも、実行に移そうなどすれば――いくらそれが親切から出たものであっても、奴は躊躇いなく手を下す。
正しくは、奴の影に潜む精霊が。

「で、何の用事だい」
「メイザスが呼んでいる」
「…あの気まぐれめ…」
「あまりあの人を、気まぐれ扱いしないでほしいわ」

ほら、出てきた。
最初はただの紅い瞳だけだったものが、影から浮き彫りになる。
平面が立体に、立体が猫の形をした精霊となる。
否、厳密には、精霊ではないらしい。そうメイザスもクラウスも言うのだが、残念ながら魔術に縁のない自分にはわからない。
元の『飼い主』であるメイザスがいつかわざと難しく語ってくれた、蜉蝣の羽根をもつその存在。

「フィフィ、盗み聞きはいけないわよ、淑女として」
「あら、あなたなんて日常茶飯時じゃない」
「まあね。あたしは淑女じゃないから」
「そうよね、淑女ならあの人のことをそんなぞんざいには扱わないものね」
「…フィフィ、そのあたりにしておけ」

ふわふわふわ、と薄い肩にちょこんと佇む。勿論、クラウスの。
命を狙われやすい割には戦う術を知らず、だからといって常に護衛をつけるわけにもいかなくなり、成立した共生。
本人も最近は気にするようになったのか、メイザスを師としつつ弓を習い始めた。筋はあるようだが、それでもまだまだ実用性には欠ける様子。
彼は軍師、知略と謀略とで敵を陥れる者。
そんな軍の重要人物すら十分に守りきれないほど、こちらは疲弊している。

「で、メイザスは何だってんだい? まさか夕飯とかじゃないだろうね」
「馬鹿な。…内通者の摘発があったそうだ」
「…。成る程、急を要するわけだ」

またか。
この頃の告発数は、恐ろしいほどの勢いで増えつつある。
反乱軍、すなわちレジスタンスは、この土地に後から移り住み自分たちを迫害してきた『魔導人形』に対抗する組織として結成された。
とはいえ、圧倒的なまでの物量と兵力の差が、それを苦しめているのは事実。
それならば、明日を確実に生きるためなら、あるいは生かしてやるためなら、敵に協力した方が良いというものだ。
残念ながら、そう考える連中は、後を絶たない。
うまく敵の口車に乗せられて、かつての仲間を窮地に追い込む。

「…畜生」
「クレオ。…彼らに罪はないんだ」
「ああ、わかってるさ」
「お前にも、罪はないんだ。…行くぞ」

爪先を旋回させて、風に暴れる銀色の髪が夕焼けの朱に染まる。
沈みゆく今日に背を向けて、相棒は歩き出す。
不器用な慰めは相変わらず。しかもそれは本人の意図と真逆に働くからたちが悪い。
――もっと、しっかりしなくては。

「…」

現実から目を反らしてはいけない。
人の心は、人の存在は、ただ移ろい往くものだ。
ならば、誰が碇をそこに降ろそう。誰が城をそこに構えよう。
誰が信念を、そこに貫こう。
たとえ点けたとしても、たやすく消えてしまう灯火を、誰が守ろうと思おう。
――否、簡単に崩れてしまうものだからこそ、守り抜く誰かがいなくてはならない。
圧倒的な絶望の中に、無謀な希望を抱く誰かがいなくてはならない。

「おい」

肩に置かれた、小さな傷跡に彩られた手。
それさえなければ、女の自分よりも綺麗な、繊細な手。
まだ、血に塗れたことのない、無垢な手。
だが、沢山の存在を血の海に沈めた、その指揮をした、策を弄した、罪業の手。
だけど、それを厭うなんて馬鹿なことは、絶対にしない。

「…ああ、度々すまない」

あたしも全然、変わらない。
あたしも、それに、父も、母も。
ずっと、旗を守り抜いてきた。
傷ついて、傷つけて、それでも諦めきれなかった。
昔、むかし…もう追いつけないくらいの過去から、つないできた『記憶』。
それが人々を、つなぎつづける。

「いこうか、クラウス」
「…言われなくとも私は行くつもりだ、クレオ」

たとえば二人を、相棒として。

「…可愛げのない奴」
「まあ、まだクラウスの方が可愛げもあるのに…」
「なあフィフィ、『も』って何だ『も』って」
「さあ」
「さあ、じゃないわよさあじゃ」
「…もう少し静かにあるけ、騒ぐな」
「はいはい」

去りゆく夕日に別れを告げて、暗い大地へと歩いて往く。
靴の下へと踏み出す土地は、痩せ衰えて嘆きを漏らす。
それでもいつかは、いつかはきっと。
もし自分たちが、どこかで倒れてしまったとしても――。

「わかってるって」

――黄昏の空を背にして、思い出すことはひとつだけ。
いつか誰かに語り継ぐ、守るべきものの記憶だけ。






『Marionette Fantasia』より、ぽっと出クレオ主体の短編。
レジスタンス組は三+一人全員に思い入れがあります、強すぎるほどに。
何らかの形で書けたらいいなあ、と。

もう、思いつきもいいところです。
タイトルの英文はシェイクスピアのことばより転用させていただきました。
by SSS-in-Black | 2008-07-14 14:44 | 【Re:MF】